ブレットはたしかにふだんそうなのだが

とるに足らない些事に拘泥することを「こだわる」という。その意味でたしかに僕の「こだわり」にすぎぬが、ブレットをなんの注釈もなく「フダンソウ」と呼ばれることには、ブレット愛好者としてはどうしても抵抗を感じてしまう。

勝手なもので、ビエトラだとまったく違和感を覚えない。なにしろ blette も bietola もフランス語かイタリア語かというちがいだけで、おなじような品種群だからだ。

フランスのブレットとイタリアのビエトラは葉柄が幅広になるものが中心、日本のふだんそうは葉柄が細いタイプだ。だから言葉が指し示すものの見た目がちがう。フランス、イタリアにも葉柄が細くて緑色のタイプはある。ただ、代表的なのはあくまでも葉柄が白くて幅広のものだ。

不思議なことに、料理雑誌などでは「ビエトラ」「フダンソウ」の文字は見かけるのだが、「ブレット」と書かれることはめったにないようだ。

いや、ちょっと考えたら不思議でもなんでもない。プロの料理人でさえ「ブレットって何?」と言うひとはすくなくないのだ。そう訊かれたら「ヨーロッパのふだんそう」くらいに答えるしかない。だったらはじめから「ふだんそう」と書けばいいということなのだろう。