『ル・ギード・キュリネール』序文その1

現行版(=第4版=最終版)で4つあるうちの最初の序文です。まだ推敲が不充分で、訳注も足りないと思いますが……

もう20年も前のことだ。本書の着想を我が尊敬する師、今は亡きユルバン・デュボワ1先生に話したのは。先生は是非とも実現させなさいと強く勧めてくださった。けれども諸般の事情に忙殺されてしまい、漸く1898年になって、フィリアス・ジルベール2氏と話し合い協力をとりつけた。とことがまもなく、カールトンホテル開業のため、私はロンドンに呼び戻され、その厨房の準備や運営に忙殺された3。本書を実現のためには、落ち着いた時間を取り戻さねばならなくなってしまった。

1898年から放ったらかしにしてしまっていた本書に再度着手出来たのは、多くの同僚たる料理人諸氏の助力と、友人でもあるフィレアス・ジルベールとエミール・フェチュ4の献身的な協力を得られたからに他ならない。この一大事業を完成させることが出来たのは、ひとえに皆の励ましと、とりわけ辛抱強く、粘り強く仕事を手伝ってくれた二人の協力者のおかげだ。

私が作りたいと思ったのは立派な書物というよりはむしろ実用的な本だ。だから、執筆協力者の皆には、作業手順を各自の考えにもとづいて自由に書いてもらい、私自身は、40年にわたる現場経験に即して、少なくとも原理原則と、この仕事の伝統的な基礎に関する部分は手を入れさせてもらった。

本書は、かつて私が構想したとおりとは言い難い出来だが、それはいずれ実現せねばなるまい。それでもなお、現状でも料理人諸氏にとって大いに役立つものと信じている。だからこそ、本書を誰にでも、とりわけ若い料理人にも買える価格に設定した。そもそも若い料理人にこそこの本を読んで欲しいのだ。彼らは、いまはまだ初心者であったとしても、20年後には組織のトップに立つべき人材なのだから。

私はこの本を豪華な装釘の5、書棚に飾られるようなものにして欲しくはない。そうではなく、いつでも、どんな時でも手元に置いて、わからないことは常に明らかにしてくれる伴侶のようなものにして欲しい。

本書には五千を越えるレシピが掲載されているが、それでも私は、この手引書が完全だとは思っていない。たとえ今この瞬間に完璧であったとしても、明日にはそうではないかも知れぬ。料理は進化し、新しいレシピが日々創案されているのだ。まことにもって不都合なことだが、版を重ねる毎に新しい料理を採り入れ、古くなってしまったものは改良を加えねばなるまい。

ユルバン・デュボワとエミール・ベルナール両氏の著作6に昔から慣れ親しみ、その巨大な影がなおも料理の地平を覆い尽している現在、私としては本書がその後に続くものになって欲しい。カレーム以後、最高の料理の高みに逹した二人に対し、ここであらためて最大の敬意を示させていただきたいと思う。

調理現場を取り巻く諸事情により、私は、デュボワとベルナールがもたらしたサービス(給仕)面での革新7に、こんにちのようなとりわけスピードが重視される目まぐるしい生活リズムに合わせて、大きく変更を加えざるを得なかった。そもそも物理的理由から、料理を載せる飾り台8をやめて、シンプルな盛り付けにする新たなメソッドと新たな道具を考案せざるを得なかった。もちろん冗談なんかではなく、デュボワとベルナールが推奨した壮麗な盛り付けを私自身も行なっていた頃はもちろん、今だって彼らの考えにはまったく共感している。しかし、カレームを信奉する者たちは、装飾に才があるが故に、その時代もはやに合わなくなってしまった作品に改良を加えようとはしなかった。それこそがまさに重要なのに。本書で奨励している盛り付けは、少なくともそれなりの期間は必要とされるものと思われる。全ては変化する。姿を変える。それなのに、装飾芸術の役割を変化しないと主張するなんて愚かなことだろう。芸術は流行によって栄えるものだし、流行のように移ろいやすいものだ。

だが、カレームの時代にはこんにちと同様に既にあり、料理が続く限りなくならないであろうものがある。それが料理の基礎だ。そもそも、料理が見た目でシンプルになっても、料理そのものの価値は失なわれないが、その逆はどうだろう? 人々の味覚は絶え間なく洗練され続け、それを満足させるために料理そのものも洗練されることになる。こんにちの余剰活動が精神におよぼす悪影響に打ち克つためには、料理そのものがいっそう科学的な、正確なものとなるべきなのだ。

その意味で料理が進歩すればする程、我々料理人たちにとって、19世紀に料理の行く末に大きく影響を与えた三人の料理人の存在は大きなものとなるだろう。カレームとデュボワ、ベルナールはともすれば技術的側面ばかり評価されるが、料理芸術の基礎について何よりも優れているのだ。

物故した者だけ挙げるが、確かにグーフェ、ファーヴル、エルーイ、ルキュレは比類なき価値の作品を残した。だが、「古典料理」という傑作と同列といえるものはひとつもない。

料理人諸氏に、新たに本書を使っていただくにあたり、私はこう言わねばならない。いろいろな料理書、雑誌を読むのもいいが、偉大な先達の不朽の名作をしっかり読むように、と。諺にあるように「知り過ぎることなはい」のだ。学べば学ぶ程、さらに学ぶべきことは増えていく。ひいては、精神が柔軟になり、料理を作るということにおいて上達するより効果的な方法を知ることが出来るだろう。

本書を公刊するにあたって唯ひとつ望むこと、切に願う唯一のことは、上記の点において、本書が想定する読者が我が言に耳を傾け、実践するさまを見ることに尽きる。

A. エスコフィエ

1902年11月1日


  1. Urbain Dubois (1818〜1901)。19世紀後半を代表する料理人。 

  2. Philéas Gilbert (1857〜1942)。19世紀末から20世紀初頭に活躍した料理人。料理雑誌「ポトフ」を主宰した。 

  3. エスコフィエはセザール・リッツの経営するホテルグループにおいて料理関係の総指揮を一手に担っていた。 

  4. 初版には、この二人の他にも共著者として、A. Suzanne, B. Beboul, Ch. Dietrich, A. Caillat らの名が挙げられている。第二版では共著者としてジルベールとフェチュの名しかクレジットされていない。第二版は初版から構成などの異同が多い。現行の第四版が「フォン(ストック)」から始まるのに対して、初版は「ポタージュ」を第1章としている、など。おそらくは、第二版での大幅な改訂作業を実際に行なったのがジルベールとフェチュであったと思われる。 

  5. かつてフランスでは、大判の紙に印刷して折ったものを綴じただけの状態(いわゆる「フランス装」)で販売された本を、別途、業者に装釘させることが一般的に行なわれていた。 

  6. La Cuisine Classique (1856), La Cuisine Artistique (1870) etc. 

  7. 19世紀後半に少しずつ一般的となった「ロシア式サービス」のこと。それまで宴席の料理は卓上に大皿が一度に何種も並べられ、食べる者がそれぞれ好きなように取り分けていた。これを、料理を食べる順に1種ずつ、大皿の場合は食べ手に見せて回ってから、給仕が取り分けて供する方式に改めたものがロシア式サービスである。デュボワとベルナールの『古典料理』の序文において詳述されている。 

  8. socle ソークル。パンや米、ジュレなどで出来た、料理を盛り付けるために銀の盆の上に据える飾り台。カレームの時代、つまり19世紀前半にはその装飾に凝ることが多かった。食べもので作られてはいるが、料理の一部ではなく、あくまで装飾的要素でしかなかった。