ホントは訳してみたい? とか?

なぜ「エスコフィエ『料理の手引き』全注解」の作業「協力者」がいまいち増えないのか……?

考えてみました。で、出た結論。自信がないから。そりゃもちろん、忙しいとか本業のストレスで精神的にも時間的にも余裕がない、っておっしゃる方は多数いらっしゃると思います。でも、そんなに余裕がなかったらブラック企業どころの騒ぎじゃない。確実に精神と身体を病みますよ。それこそ早めに手を打たないといけませんね。実際、僕とおなじ病気になる料理人さんは多いらしいですから。イマドキ鉄拳制裁でストレス解消なんてやったら訴えられますしね。それも「刑事」案件として。要注意ですよ。

さて、自信がないというところに注目した理由は2つ。

  1. ある年代以上の料理人にとってエスコフィエというか『料理の手引き』はルサンチマンの書なんですよね。読んでもさっぱりわからんかった。それが自信のなさや、現場至上主義、経験至上主義、知識の否定につながっていく。でも、あの忌むべき甘木でさえ言っていましたよ。コンプレックスの表われだ、って。
  2. ヤル気というか意欲的に作業に協力してくださっている方々は皆さん、最初は誤字脱字のチェックから始めたがる。それが原文対照チェックになり、いまではなんと60%以上の方が下訳に取り組んでおられる(ま、3人中2人なんですが)。でもこれは僕の予想しなかった状況ではあるんです。あ、出来そう、と感じたらやっぱり挑戦してみたいんですね。要するに自信がなかっただけなんだな、と思うわけです。
  3. 決定的なのは実際に下訳に挑戦なさっている方が「自分も自信はない」みたいなことをFBで書いておられた。この方の場合はほとんど謙遜に近いんですけどね。

でも、自信はないけど出来ることなら挑戦してみたい、というならこんな絶好のチャンスはないわけです。たぶん歴史に名前が残る、その一人にはなれるでしょう。他にもカレームとかデュボワみたいな名著はあるから、そっちで挑戦してみますか? 確実に『料理の手引き』より難しいですよ。

実際のところ、翻訳というのは外国語力と日本語力、理論と実践的技術が必要だから、そうそう簡単に出来るもんじゃない筈なんです。どうもあの忌むべき人物をはじめとして、翻訳は原価もかからないし儲かりそうだしカッコいいからいいな、くらいにしか思っていない方が世の中にはあまりにもたくさんいらっしゃる。

そんなに甘いもんじゃないです。翻訳料は基本的に20年前と比べて安くなっちゃってるし、翻訳モノのクオリティは急激に低下したまま。いや、日本語というものの話者の知的あるいは言語的水準の低下とも関係あるんでしょうね。

でも、現場主義、経験主義な料理人さんなら分かりますよね。実際にやらなきゃ身につかない、ってこと。それに、『料理の手引き』なんて大して難しい本じゃないから、「エスコフィエ『料理の手引き』全注解」には中世の食文化から注釈を突っこんでるんですよ。そんなことやろうと思うのは僕くらいだろうから、それはいいんです。

自信がないなら、つけりゃいいんですよ!

現場主義、経験主義ならよくわかりますよね。実際に繰り返しやれば、自信がつく、ってこと。簡単なことですよね。要は自信のつく「効率的な方法」を指導できる者がいればすぐなんですよ。

ただね、あんまりたくさん下訳希望者が増えても困るんですよ。自分が訳して注釈をつける時間がとれなくなっちゃうから。それ以上のことは書きませんけど、あと2〜3人が限度かな、って気はしています。だから希望者はお早めに。急げ、って感じですね。なにしろ脱稿の目標があと12ヶ月後、ちょうど1年ですから。リジェクトされない下訳が出来るようになるまで、それぞれ違いますがそこそこの修業期間は必要ですから。もう、いますぐ参加しちゃいましょうよ。僕としては料理人の目から見て、作れるレシピになっているか(つまり訳が正しいかの)チェックもお願いしたいんですけど。これもまた非常に大切な仕事ですから、もちろん一定以上の貢献をしてくださればお名前をクレジットさせていただきますよ。