pandoc による epub へのフォント埋め込み

pandoc 用 defaults.yaml (フォントファイルを同階層に置く場合)

epub-fonts:
      - texgyrepagella-regular.otf
      - texgyrepagella-bold.otf
      - texgyrepagella-italic.otf
      - texgyrepagella-bolditalic.otf

style.css パスに小文字で ../fonts/フォント名 と書くのがポイント。欧文書体を活かすには font-family の指定で 欧文書体、和文書体の順で指定すること。

@font-face {
font-family: "TeX Gyre Pagella";
font-style: normal;
font-weight: normal;
src: url("../fonts/texgyrepagella-regular.otf");
}
@font-face {
font-family: "TeX Gyre Pagella";
font-style: normal;
font-weight: bold;
src: url("../fonts/texgyrepagella-bold.otf");
}
@font-face {
font-family: "TeX Gyre Pagella";
font-style: italic;
font-weight: normal;
src: url("../fonts/texgyrepagella-italic.otf");
}
@font-face {
font-family: "TeX Gyre Pagella";
font-style: italic;
font-weight: bold;
src: url("../fonts/texgyrepagella-bolditalic.otf");
}

body, p {
    font-family: "TeX Gyre Pagella", "ヒラギノ明朝 ProN", "HiraMinProN-W3", "游明朝体", "Yu Mincho", serif;
}

分数は数式なので注意。

「エスコフィエの新解釈」

(画像をタップするとアマゾンの詳細ページに跳びます)

8月末に出た本ですが、僕は原書『料理の手引き』の抜粋の翻訳と注釈を協力させていただきました。

ソフトカバーですが豪華本といってもいいくらいの素晴らしい装丁と装本で、贈り物にも最適だと思います。

もちろん内容は、新進気鋭の若手からベテランにいたるまで料理人さんたちの創意工夫が盛りだくさん。読みこめば「応用力」が身につくことは確実です。

内部参照の問題

翻訳作業の進行管理を現在のクローズドな Bitbucket のままにするか、フルオープンな Github に移行するかという問題。

Github フレーバーの markdown でも、自動でリンクが生成されないとはいえ、Github 上のファイルをブラウザで見ると脚注がちゃんと表示されることがわかった。

なら、Github フレーバーでいいんじゃないか、とも思うが、『ル・ギード・キュリネール』の場合、電子文書(なんかお役所的な表現だなぁ)としても、紙の本の原稿としても成立させられるフォーマットとして考えたとき、内部参照の問題がどうしても出てくる。

たとえば、原書425ページに出てくる「牛フィレ フィナンシエール」のレシピの原文は……

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「頑張れ!」は辛いけれど「出来る範囲でいいから一緒に頑張ろう」なら……

僕としては珍しく、プライベートにかかわる事を書きます。あと、公に書いちゃマズいかどうか微妙なことも。だから、訂正する可能性はあります。

比較的よく知られていることだと思うけれど、「うつ」の人に「頑張れ」は禁句。やる気が出ないというのも、個人的な経験で言えば、病気が悪化するにつれ、意欲さえ持てないことそれ自体が常に辛くてしょうがなくなってくる。というか、断続的に「生きててスミマセン」な状態が続いたりする。

そんな時に「頑張れ」と言われると、頑張れない自分の存在そのものがいけないんだろうという気分になって、余計に沈んでしまう。

でも、快方に向っていくにつれて、自分から「頑張ってみようか」と思ったりするのだから不思議なものだ。

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個人的近況と翻訳協力者募集について

先日、FBにアップした文章ですが、考えてみればあそこはコメント機能をオフに出来ない仕様なんですよね。やっぱり今後は自分のサイトで書いたほうがよさそうです。というわけで、かなりの長文ですが、一部書き直して……


じつはこの数年「うつ」に苦しんでいました(なかなか言い出せずにいました。野菜の取引先の皆様にも伝えられずにいました。まことに申し訳ありません。気持ちの上でどうしても直接お伝えできませんでした。不思議なもので、今から思うと「なんであんなに辛い状態で何年も過していたのだろう?」と思うし、ようやk比較的すんなり状況を語れるようになってきたと自分では思っています)。

この夏に、愛猫が死に至る病(腎不全)になり、どうするかさんざん逡巡し、きちんと最期を受け止めるために思い切って自分も精神科を受診しました。愛猫はまもなく最期を迎えました。14歳。いまどきは20歳を越える長寿の猫もいるそうですが、泌尿器系のトラブルが多い猫だったので、寿命だったのだと思うよう努めています。

僕自身も精神的にかなり辛い状態が続いていましたが、受診したのがよかったのでしょう。抗うつ剤も効いてきて、多少なりも気持ちの整理もつき、少しずつ快方に向かっています。(でも、まだ完全じゃないです)

いくらか元気も出てきたので、ずっと放置していたエスコフィエの Le guide culinaire 新訳に再度、取り組もうと思いはじめました。どうせならまったくのサラの状態からやり直したいと思い、この3日ほどで本文10ページくらい訳しました。

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14世紀の食品偽装?

(メモ書き)

Poullaillier という語を DMF で調べていて興味深い用例を見つけたので、原典にあたってみる。DMF の見出し語は poulailler だが、poulaillier もおなじ語。中世フランス語の綴りは結構流動的というか不安定。

問題の用例は、1380年のフランス王家の出納簿。Comptes de l’hôtel des rois de France aux XIVe et XVe siècles, Mme Ve Jules Renouard, 1865, p. 9.

De Jehan Bienfait, poullaillier, pour une amende en quoy il avoit esté condampné envers le Roy par les maistres d’ostel, pour connins qu’il avoit pris et aidé à prandre en la garanne de Saint-Cloust, comté par Guillaume Brunel, marchant de toiles, qui avoit baillé touailles et nappes pour la despence de l’ostel, senz lectre. Rabattu de la somme dudit Guillaume 120l.p.

Somme pour recepte commune 1,880 l.p.

ジャン・ビアンフェなるプーライリエが、自分で穫った兎をサンクルー産兎であるかのように販売したと訴えられ、罰金を課されたということのようだ。

l.p. は livre parisis の略。リーヴルは通貨単位。1リーヴルは20スー。1スーは12ドゥニエ。1リーヴルは240ドゥニエ。パン1個の値段が基本的に1ドゥニエ。

食べ物が産地によって差別化されていることはべつに驚くことでもないだろう。16世紀ラブレーの小説にも、バイヨンヌのハムとかボローニャのソーセージへの言及がある。

さて、Poulaillier プーライリエの原義は「鶏を飼育し、販売する業者」なのだが、エティエンヌ・ボワローの政令によると、

Item, nul quelqu’il soit ne pourra acheter pour revendre poulaille, eufz, fromaiges, perdris, cognins, aigneaulx, chevreaulx, veaulx, sauvagines, ne autres vivres quelzconques, en la ville de Paris, s’ilz ne les achetent es places publicques et lieux ou les marchiez sont, et ont acoustumé a estre, et en plain marchié ; et ne les pourront les poulaillers ou regratiers acheter pour revendre, en la ville de Paris, se n’est après l’eure de midi sonnée a Nostre Dame de Paris (Mét. corp. Paris L., t.1, 1351, 21).

ということなので、鶏のほか、卵、チーズ、山うずらペルドリ、兎、仔羊、仔山羊、仔牛、野生の鳥獣も扱っていたようだ。

13世紀のブーダンノワール販売禁止令?

13世紀のパリ執政官エティエンヌ・ボワローによるさまざまな職種にかんする政令をぱらぱらと読んでいて、とても興味深い記述を見つけたので備忘のためアップしておく。キュイジニエ=ロティスールの項。

血で作ったソーセージ(ブーダン)を販売してはならない。さもなくば上記罰金の対象となる。これは危険な食べものだ。(Etienne Boileau, Réglemens sur les arts et métiers de Paris: rédigés au XIIIe siècle et connus sous le nom du Livre des métiers d’Etienne Boileau, 1837, p.177. Gallica)

「危険な」は原文 périlleuse。文字通り危険、デンジャーということだが、なぜ危険なのかは明記されていないのでいまのところわからない。食べものに携る職業にかんする政令には、古い料理や食材を売ってはいけないといった衛生面での規定も少なくないから、おそらくは食品衛生の問題か。

とはいえ、血で作るブーダン、こんにちの名称でブーダンノワールは、14世紀末の『ル・メナジエ・ド・パリ』でレシピの冒頭に掲げられているくらいポピュラーなもの。この禁止令はいつまで続いたのかも含め、調査が必要。

16世紀(6)

p.XXI(4)

プラティナは同時代人と比べてかなりまともな味覚の持ち主だったようだ1。香辛料の使用は適度であり、どんなに複雑なソースでも使うのは生姜とシナモン程度だ。レモンやオレンジの絞り汁、あるいはクローヴしか使わないこともある。この本に出ているモルタデッラ2はそこそこ美味しいだろう。「猟獣肉用ポワヴラード3」もさほど手を加えないでそのまま提供できそうだ。作者は「ローリエの葉でくるんで4串に刺した小鳥のローストに粉砂糖を振りかけたもの」を好む。だが、雀はまったく好まない。「雀は食べるには大きくて不味いし、消化に時間もかかる。なにより邪淫5を引き起こす」。シャルドヌレ6は雀よりもっと好まない。「食べ物として皿にのせるよりも、籠に入れて甘美な鳴き声を楽しんだ方がいいからだ」。また、カタローニャの料理を高く評価している。「彼らの料理に国民性がはっきり表れているから」だ。カタローニャの鶏のミローズ7や山うずらのソース添えなどはとても美味だと述べる。フランス語翻訳者は「我々フランス人はカタローニャをどんなに嫌っていてもこの料理を喜んで食べる。フランス人はカタローニャの料理は好きだが、カタローニャ民族は嫌いなのだ」と書き加えている。さて、海豚いるかは中世に好んで用いられた食材で、マニーニというイタリア人が書いたレシピがある。プラティナの訳者デディエ・クリストルがそのレシピを再録し、とても面白い論考を加えている。

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16世紀(5)

p.XXI(3)

プラティナは、キケロ、セネカ、ルクレティウス、ラエルティオス1が強く影響をうけたエピクロス2を引き合いに出して、「賢人であれば惑わされることはない」とする。だから、大カト、ウァロ、コルメッラ、ケルスス、アピキウス3や古代ギリシアの医学書を研究し、「当代きっての名料理人」ノニ・コムーズ4に教わったことを熟考した。このような素晴しい教養を身に付けたからこそ「正しい行動原理としての悦び」への道をこうして伝えられるのだ、と述べている。

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16世紀(4)

p.XX(4)=p.XXI(1)

ゴドゥル版のタイユヴァンに追加された9ページのレシピや、現存するいくつかの献立の記録からは、16世紀初頭の料理が14世紀のものとそっくり同じだったということが分かる。いっぽう、建築や装飾の分野では既にイタリアの影響による変革が始まっていたわけだが、『正しいよろこびと健康について1』という本によって、料理においても大きな影響を受けることになる。著者はバティスタ・プラティナ・ディ・クレモナという筆名で知られる歴史家バルトロメオ・サッキ2。教皇パウロ2世の時、トラブルに巻きこまれてしまったが、その結末は学識豊かではあるけれど血なまぐさい内容の『教皇伝』に記されている。

ヴァチカン図書館長を拝命するバルトロメオ・サッキ

p.XXI(2)

プラティナの『正しい悦びと健康について』は、モンペリエのサン・モリス修道院長デディエ・クリストルによって翻訳、増補された。ルメール・ド・ベルジュ3の散文のように、衒学的ではあるけれど美しいリズムの訳文で、1505年にリヨンのフランソワ・フラダン書店から出版された。これが大成功をおさめ、1602年のピエール・リゴによる再版にいたるまで実に11回版を重ねた。さらに、オリジナルのラテン語版も1530年にジャン・プティ書店、1538年にピエール・ヴィドゥ書店により出版された。

『フランス語版プラティナ』1505年版の1ページ目

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