中世(18)

p.XVII(2)=p.XVIII(1) とはいえ、肉の風味をマスキングするもっとも簡単で、よく用いられた方法は、香辛料を使うことである。これまでの内容と、このページの脚注で引用してあるレシピ【原注2】を見れば、香辛料が […]

中世(17)

p.XVI(2)=p.XVII(1) 曲芸師の類が呼ばれるのは豪奢な宴会だけだったし、孔雀や大きな砂糖菓子は貴族の屋敷の宴で供されるだけだった。しかし、料理の作り方はブルジョワの屋敷でも大公の屋敷でも同じだった。素材をマ […]

中世(16)

p.XVI(1) この豪華な献立からは、野菜料理が重視されなかったことがわかる。我々の祖先は野菜料理はたまにしか食べなかったのだ1。しかも、えんどう豆、そら豆2、ポワロー、ビーツ3くらいしか使わなかった。野菜はもっぱらピ […]

中世(15)

p.XV(3-8) 16世紀中頃まで、料理は今日のようにそれぞれ別の皿に盛られるのではなく、1回のサーヴィス1で供される料理をいくつも、一枚の大皿にまとめて盛られていた。これを当時は「メ」metsと呼んでいた。だから、い […]

中世(14)

p.XIV(3)=p.XV(1) ピション男爵による『ル・メナジエ・ド・パリ』校訂版には付録として、ド・ルーベ侯の料理人であったオタンなる人物が書き送ったとされる「肉、魚のいろいろなブルーエの作りかた」が収められている。 […]

中世(13)

p.XIV(2) オリジナルの手稿本(原注1)では、グリゼリディスの物語1、ジャン・ブリュイヤンによる富と貧困についての長詩の後に、とても念入りに書かれた料理のページが続く。これはタイユヴァンと『料理全書』が下敷になって […]

中世(12)

p.XIII(4)=p.XIV(1) 『ル・メナジエ・ド・パリ』は(全体としては料理書ではなく1)家政書だ。書かれたのは1392年6月から1394年9月の間。著者はかなり高齢の、パリの裕福なブルジョワで、両親のいない15 […]

中世(11)

p.XIII(3) 1306年の匿名の著者1と同様、タイユヴァンは、どんな料理でも畜肉、家禽をあらかじめ茹でてから使う。ブルーエ、シヴェ、ラグーは牛のブイヨンにとろみ付けのためのパン2を加えて煮る。砂糖、香辛料、イゾップ […]

中世(10)

p.XII(6) タイユヴァンの著書は15世紀に5回出版された1。いずれも出版地、年の記載はない。最も古いものは1490年ごろ。題名は… p.XII(7)=p.XIII(1) 『国王陛下の厨房を司るタイユヴァンにより、煮 […]

中世(9)

p.XII(3) ギヨーム・ティレルはまず、王妃ジャンヌ・デヴルー付きの厨房見習いとなり、のちにフィリップ・ド・ヴァロワ、次にヴィエノワ王太子、さらにノルマンディ公に厨士として仕える。1373年にはシャルル5世によって国 […]