現在お買い物カゴには何も入っていません。
タグ: 西洋野菜
ブレットとストロベリースピナッチ
Le Jardinage d’Antoine Mizauld médecin と Le jardin médicinal という本を見つけた。タイトルを日本語にするとそれぞれ『医師アントワーヌ・ミゾーの菜園帳』『薬用菜園』といった感じだろうか。どちらも、もともとはアントワーヌ・ミゾーという医師がラテン語で書いたもののフランス語訳で、1578年に出版されたらしい。
その、『薬用菜園』のほうをぱらぱらと見ていたら、僕が愛してやまない野菜、ブレットについての記述が目にとまった。ところがどうもおかしい。bette (ベットつまりブレットとビーツ、このふたつの野菜はもともとは同じものだった) の節のあとに blette があらためて節として立てられている。後者の記述は
De la Blette ou Saune, et ses remèdes
On tient la Saune pour un herbage inutile à l’estomac, et qui renverse tellement le ventre, qu’aucuns en prennent cette maladie qu’on appelle Cholère, et flux de ventre, vomissements, avec grands tourments de boyaux, à cause qu’elle émeut l’humeur bilieux …ざんねんながら手元の辞書では確認できなかったが、別名ソーヌと言うらしい。胃には何ら薬効はないが、腹の病気によく効くため、コレラ、下痢、嘔吐、そのほか腸の激しい痛みに対して用いる、とある。
ここまででもやや疑問なのだが、何しろ400年以上昔の本だし、植物の薬効については現代だって眉唾ものが少なくないと思いつつ読み進めると、数行後に
Et de là est venu que Pline la nomme herbage fade, sans goût, et sans acrimonie aucune […] (id.)
「風味も味もなければ、とげとげしいところもない草、と名づけられた」とある。そんなはずはない、こんにちブレットと呼ばれている野菜は、葉菜のなかでもっとも風味ゆたかでしっかりした味のあるもののひとつだ。
そう、ここでブレットと呼んでいるのはラテン語で Blitum、代表的なものは Blitum capitatum、いわゆるストロベリースピナッチのことだ。こんにちのフランス語では Arroche fraise (アロッシュ・フレーズ) 。すっかり忘れていたのだが、Blette capitée (ブレット・カピテ) とも言う。なお、一般にアロッシュと呼んでいるのは Atriplex hortensis フランス語は arroche des jardins (アロッシュ・デ・ジャルダン)、和名ヤマホウレンソウ。
Blitum capitatum さて、ブレットではないブレット… どうしてこんなことになっているか…
Mais il se faut bien prendre garde, que les Anciens ont confondu le Blitum qui est notre Blette ou Saune, avec Beta qui est notre Porée ou Reparée […] (p.65)
「昔の人たちが Blitum つまりブレット、ソーヌと、Beta つまりポレ、ルパレを混同したことに注意」とある。Beta はいまでいうブレット、ビーツのことだ。フランス語ではなくラテン語の時代にこの混乱が起きたのだという。
実際のところ、中世の料理書では bette, porée という表現はたくさん出てくるが、blette という語は見た記憶がない。それに、ストロベリースピナッチのごときはたんに herbes (エルブ 草、葉菜) としてまとめて呼称される類のものだろうと思う。
ブレットとビーツについては、遅くとも16世紀ごろには葉を利用するブレットと根を利用するビーツに品種分化したと言われている。このあたりのことは書きだすとキリがないので稿をあらためたい。
西洋野菜の参考書
フランス・イタリア野菜の歴史、栽培について、主要文献のリストのみ記しておく(順不同)。とくにコメントはつけない。
- Cl. Chaux et Cl. Foury, Productions légumières, Lavoisier, 1994, 3 vol.
- Victor Renaud, Tous les légumes courants, rares ou méconnus, cultivables sous nos climats, Ulmer, s.d.
- Lyndsay et Patrick Mikanowski, Joël Thiébault, Légumes de Joël!, Flammarion, 2005.
- Ennio Lazzarini, Gli Ortaggi e le Piante Aromatiche, Hoepli, 2009.
- Anonyme, Le Mesnagier de Paris, Le Livre de Poche, 1994.
- Olivier de Serres, Le Théâtre d’agriculture et ménage des champs, Actes Sud, 1996.
- Nicolas Bonnefons, Le jardinier français, qui enseigne à cultiver les arbres et herbes potagères, 1651.
- De Combles, L’école du jardin potager, 1749.
- Lamarck, Botanique (Encyclopédie méthodique), 1783-1817, 13 vol.
- Vilmorin, Catalogue, 1925.
- N. Sgaravatti, Le Sementi (Catalogue), s.d.
- M. Nisard (dir.), Les Agronomes latins, Caton, Varron, Columelle, Palladius, 1844.
残念ながら、このリストに加えるべき日本語の本を僕は知らない。フランス、イタリアの野菜について言及している日本語の本もないわけではないが、これまで目を通したものはどれも誤りや不正確な記述が多かった。