オマールのラグゥ(ピエール・ド・リューヌ)

17世紀のピエール・ド・リューヌ『新・料理の本』Pierre de Lune, Le nouveau cuisinier, 1660. から。フランス語で書かれたオマールのレシピとしてはもっとも古いもののひとつ。

オマールは小さな布で包んで動けないようにし、陶製の鍋に入れる。これをオーヴンに入れて加熱する。火が通ったらオマールの身を取り出し、切り分ける。フライパンにバターを熱し、細かく刻んだ香草、シブゥル1本を切らずに加えてオマールを炒める。塩、こしょう、ナツメグで調味する。オマールのみそとローズヴィネガーまたはオレンジ果汁を合わせてソースにする。

Bouchez le homard avec un petit linge, et le mettez dans une terrine, le faites cuire au four, étant cuit vous tirerez la chair et la mettrez par morceaux, la passerez à la poêle avec beurre, fines herbes bien menues, une ciboule entière, assaisonnez de sel, poivre, muscade, faites sauce avec le dedans du homard, un filet de vinaigre rosat ou jus d’orange. (pp.117-118)

仔牛肉のアンドゥイエット

アンドゥイエットといえば、細かく刻んだ豚の胃や腸を詰めたソーセージというのが一般的な理解だろう。これは andouillette de Troyes (アンドゥイエット・ド・トロワ トロワ風アンドゥイエット)といい、もともとはシャンパーニュ地方のトロワというところの地方料理ということだ。カンブレ風やリヨン風のアンドゥイエットも比較的よく知られている。これらは詰め物に仔牛の腸間膜(fraise de veau フレーズ・ド・ヴォー)を使う。

古い料理書に出てくるアンドゥイエットはこれらの地方料理とはずいぶん趣がちがう。そのなかでもっとも古いもののひとつがピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)およびその第2版『新・料理の本』(1660年)のものだ。

スペイン風アンドゥイエット

仔牛肉を細かく刻む。豚背脂少々、香草、卵黄、塩、こしょう、ナツメグ、粉にしたシナモンを加える。豚背脂のシートで巻いてアンドゥイエットの形状にする。串を刺してローストする。ローストする際に滴り落ちてくる肉汁は受け皿で受ける。火が通ったらその肉汁をかける。茹で卵の黄身8〜10個分と細かくおろしたパン粉を順につけて、しっかりした衣を作る。提供時にレモン汁と羊のジュをかけ、揚げたパセリを添える。 Faut hacher chair de veau, et un peu de lard, fines herbes, jaunes d’oeufs, sel, poivre, muscade, cannelle pilée, et faite andouillettes dans des platines de lard, les mettre à la broche et recevoir ce qui en tombe, et quand elles seront cuites arrosez les à la broche de la sauce et de huit ou dix jaunes d’oeufs cuits et mie de pain fraisé menu, tantôt de l’un tantôt de l’autre jusqu’à ce qu’elles aient fait une belle croûte, mets jus de citron et de mouton en servant et persil frit. (Pierre de Lune, Le nouveau cuisinier, 1660, p.40.)

こんにちの「常識」から見て意外な点は、腸詰にしていないことと、豚の内蔵ではなく仔牛肉を主材料としていることだろう。この2点において「スペイン風」ということなのだろうか?

言うまでもなく、アンドゥイエットはアンドゥイユ andouille の小さいもの、というのがそもそもの意味で、andouille はラテン語の inducere (フランス語 introduire, 英語 introduce の語源、「入れる」の意)が語源だ。だからアンドゥイユもアンドゥイエットも「腸詰」であるのが本来の姿で、主として豚の腸詰を意味すると考えたいところだ。

ところが、18世紀中頃の『食品、ワイン、リキュール事典』Dictionnaire des aliments, vins et liqueurs, 1750 では、アンドゥイエットを「細かく刻んだ仔牛肉を楕円形に巻いたもの」と定義している。実際、17、18世紀の料理書に出てくるアンドゥイエットは腸詰であるかどうかは別として、仔牛肉を主材料にしたものが多い。18世紀ヴァンサン・ラ・シャペル『近代料理』第1巻のアンドゥイエットは細かく刻んだ仔牛肉を豚の腸に詰めて作る。

これら18世紀の文献を見ていると、腸詰にしていないから、あるいは仔牛肉を使うから「スペイン風」アンドゥイエットだと捉えるのはいささか無理がありそうだ。

そもそも「スペイン風」という表現に惑わされてはいけないだろう。たしかにピエール・ド・リューヌ『料理の本』では「スペイン風」という料理名が目立つ。だが、「フランス料理」という概念が成立したばかりの頃だ。内容的には実際のスペイン料理と関係ないと考えたほうがよさそうだ。

17世紀、国王ルイ14世の母親アンヌ・ドートリッシュも、ルイ14世の王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュもスペイン・ハプスブルク家からフランスに嫁いだ。こうしたことから、スペインは頻繁に話題にのぼる「外国」のひとつだっとことは確かだろう。

だとすると「スペイン風」は「外国風」あるいは「ちょっと変わった」程度のニュアンスと考えてもいいかも知れない。日本語で唐辛子の「唐」やチョウセンアザミ(アーティチョーク)の「朝鮮」が中国とも朝鮮半島とも関係なく、たんに「外国」の意味に過ぎないのと同じように。

さて、アンドゥイユについては14世紀末の『ル・メナジエ・ド・パリ』に豚の腸などを腸詰にするものが出ている (II-v-8)。ピエール・ド・リューヌでも「豚のアンドゥイユ」がある。これは豚の皮下脂肪などを豚の小腸に詰めたものをさらに大腸に詰めて作る (op.cit., p.41)。

だから「アンドゥイエットはもともと腸詰ではなく、仔牛肉で作ったものだ」、などと断定もできない。たんにレシピが記録されなかっただけという可能性もある。地方料理であるトロワのアンドゥイエットが古い料理書に記されていないのも不思議ではない。

地方料理のレシピを集めた本が出てくるのは19世紀以降のこと、主に20世紀になってからで、中世から18世紀の料理書はもっぱら宮廷、貴族やブルジョワの館で客を招いてふるまったりするための料理を記録したものだというのを忘れてはいけない。

ピエール・ド・リューヌのラグゥ(2)

このところラ・ヴァレーヌ関連の投稿ばかりになっているが、これはピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)を読み解くための予備的な性格がつよい。言ってみればピエール・ド・リューヌが「本命」ということになる。

山うずらのラグゥ仕立て Perdrix en ragoût

山うずらは開いて平らにのばす。棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れて、ブイヨン、塩、こしょう、ナツメグで煮る。次に、フライパンでマッシュルーム、豚背脂、小麦粉少々を炒めて加える。グラス1杯の白ワイン、レモン汁を加えて煮上げる。仔牛胸腺肉と炒めたマッシュルームを添える。
Fendez les perdrix ou les aplatissez; les lardez de moyen lard, passez-les à la poêle et les faites cuire dans une terrine avec bouillon, sel, poivre, muscade, puis passez champignons à la poêle avec lard et un peu de farine; faites cuire tout ensemble avec un verre de vin blanc et jus de citron et mouton; en servant, garnissez de ris de veau, champignons frits1.

正直なところ、原文後半にある mouton がよくわからない。普通に考えたら「レモン汁と羊のジュ」となるのだが… とりあえず訳文では mouton は外してある。

さて、ラ・ヴァレーヌにも同じ料理名のレシピはあるが、シンプル過ぎていまひとつイメージが湧かないかも知れない。ピエール・ド・リューヌの場合は味付け、付合せについてもより具体的な記述になっている。文字通りの「再現」も不可能ではない筈だ。あるいは、現代風にアレンジ(再解釈)するのもいいだろう。自由に発想し、展開するための「想像力(創造力)のパン種」みたいなものと考えていい。ただ、そのためには原文をできるだけ正確に読解しなければならない。だからこそいっそう、mouton の語が解釈できないのは残念。

古い料理書の例にもれず、基本的に分量指定がない。ただ、山うずら perdrix が複数形であることと、17世紀の他の料理書に記された献立構成を考えると、少なくとも6人分以上を一度に調理したことは確かだろう。

とはいえ、一箇所だけ分量指定がある。「グラス1杯の白ワイン」だ。日本語で「カップ1杯」といえば200mlだが、エスコフィエなどではグラス1杯はおおむね80〜100ml。17世紀には具体的にどの程度の量だったかは分からないが、ニュアンスとしては若干量と捉えていいだろう。

ラ・ヴァレーヌとの比較で言えば、ラ・ヴァレーヌの「ラグゥ仕立て」には香辛料を使う指示がきわめて少ない。これに対して、こしょう、ナツメグという具体的な指示があるのが興味深い。逆に言えば、この料理ではこしょう、ナツメグ以外の香辛料はまったく入れない、というやや穿った解釈も可能だろう。

マッシュルームが煮汁にもガルニチュールにも使われているのもポイントのひとつと言えるかも知れない。ラ・ヴァレーヌでもマッシュルームは頻繁に使われている。マッシュルームは17世紀に人口栽培されるようになった。当時としては比較的目新しい、「プレミアム」な食材のひとつだった。

本文の記述からは外れるが、エスコフィエの、たとえばガルニチュール・フィナンシエールなどがひとつでも構成要素が欠けたり、他のもので代用すると成立しなくなってしまうほど厳密なものであるのに対し、17世紀の料理書の場合は、ラ・ヴァレーヌが「適宜ガルニチュールを添える」というようなかなりいい加減な調子だったことを考えると、ある程度は自由にイメージしていいように思う。そういう意味では、アーティチョークなどは16世紀以降きわめて好まれる食材で、ベアティーユにも含めることが多かったから、この「山うずらのラグゥ仕立て」のガルニチュールにアーティチョークも加えると愉しいように思う。


  1. L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995, pp.262-263. 

ピエール・ド・リューヌのラグゥ(1)

17世紀の料理書というとラ・ヴァレーヌばかりが有名だが、ほぼ同時期のピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)も無視出来ない重要なものだ。フランス食文化史の観点からばかりではなく、現代の料理シーンで古典をどう活かすかという点で、とても示唆に富んだ書物と言える。

この本はロアン公爵に仕えた料理長が書いたものと言われている1。「月の石」を意味するピエール・ド・リューヌ Pierre de Lune という名前が本名かどうかはわからないが、1660年には『新・料理の本』、1662年には『完全版メートルドテルのための本』がピエール・ド・リューヌ名義で出版されている。後者は貴族の城館などで行なわれる宴席の総責任者であるメートルドテルの主たる仕事内容、つまり献立と食卓の配置などについての本だが、「スペイン風料理」と題したレシピ集も収録されている。

さて、ピエール・ド・リューヌ『料理の本』はどのレシピもきわめて興味深いものだが、さしあたりラグゥの名称が付いているものについて見ていこうと思う。

仔羊のラグゥ

仔羊は4つに切り分け、棒状に切った背脂をラルデ針で刺し込む。軽く焼き色を付ける。これを陶製の鍋に入れてブイヨンを注ぎ、塩、こしょう、ブーケガルニ、クローブ、マッシュルームを加えて味付けする。火が通ったら、フライパンで炒めた牡蠣、小麦粉少々、アンチョヴィ2尾、レモン汁を加える。薄切りにして色よく炒めたマッシュルームを添える。
Mettez-le en quatre quartiers, le lardez de moyen lard et lui donnez un peu de couleur; le mettez dans une terrine avec bouillon assaisonné de sel, poivre, un paquet, clous, champignons, et quand il sera cuit passez huîtres par la poêle, un peu de farine, deux anchois, jus de citron et par tranche, garni de champignons frits.

肉をブイヨンで煮る前に焼くわけだが、原文は「軽く色を付ける」としか書いていない。4つに切り分けた仔羊それぞれに串を刺してローストするというのは考えにくいので、大きなフライパンに油脂を熱して表面を焼くと解釈していいだろう。

ラ・ヴァレーヌの「仔羊のラグゥ仕立て」と比べると、とろみ付けに小麦粉を使う点は同じだが、ここでは牡蠣とアンチョヴィを合わせているのが興味深い。古い料理書では肉料理に牡蠣を合わせるケースがしばしば見られるが、これもそのひとつ。


  1. Gilles et Laurence Laurendon, «Préface» à L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995, p.XII.