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ラルデ針
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年1月号「ブレゼ(1)」の補足記事です.
本文で出てきたように,細長く切った豚背脂を肉の繊維の方向に刺すことをラルデ(larder),そのために使う道具をラルデ針(lardoire ラルドワール)と呼びます.
もともとはロティールに用いる技法で,非常に古くからあります.ラルデという言葉は12世紀のウァース(Wace)という詩人がアングロ・ノルマン語で書いた物語詩 Roman de Brut に出てくるそうです.
ラルデ針のほうは,14世紀ユスターシュ・デシャン(Eustache Deschamps)の風刺詩『結婚の鏡』Miroir de Mariage に出てきます.画像は19世紀の版のものです.調理器具や香辛料の名前がまとまって出てくるくだりにあります.lardouere という綴りです.
ついでに,少し前の行に paelle というのが出てきます.poêle (ポワル=フライパン)のことですね.スペイン語の paella と語源が同じだということがよくわかります.
もうひとつ,paelle trouée というのも出てきます.穴の空いたフライパン… パソワール(passoire ざる,水切り)のことなんですね.
モンプリエ? モンペリエ?
「ロチルド」ネタはあんまりウケがよくないみたいですけど,もうちょっと発音ネタを続けてみましょうか… まずは南フランスの地名,Montpellier 音声ファイルは例によって forvo.com から.
Montpellier
Montpellier Saint Roch
要するに,ll の前の e を / ɛ / (カタカナだと「エ」ですね)と読むかどうかが問題になるわけです.が,結論から言うと,どちらも正解なんですよね.
ところが,A.O.C. などでおなじみの単語…
appellation
appellation contrôlée
appellation d’origine contrôlée
appellation d’origine contrôlée
appellation d’origine protégée
皆さん「エ」と読んでますね.
appellation 辞書では /a.pɛ(l).la.sjɔ̃/ または /a.pe.la.sjɔ̃/ ということになっていて,/ ɛ / か / e / という違いはあるにせよ,しっかり発音されるということになっています.(/ ɛ /はあまり口に力を入れずに「え」と発音すると近い音になるかな.一方の / e / は唇を横に引っぱるような感じで「エ」と発音するんですが,人によっては「イ」のように聞こえたりもする音)
ところが,言葉というのは「ナマモノ」的要素もあるんで,辞書が絶対に正しいとか,みんながみんな辞書の通りの発音をするわけじゃないんですよね.「方言」なんかもそうですけど,やっぱり地域差,個人差,時代による違い etc. いろんな要素があるんです.だからでしょうね,Forvo にはこんな音声ファイルもありました.
l’appellation
とはいえ,外国語を学ぶ場合は「正しい言葉」を身につける必要があります.appellation は /a.pɛ(l).la.sjɔ̃/ または /a.pe.la.sjɔ̃/ が正しいとされているわけですから,「エ」と読むんだと覚えておいたほうがいいですね.
ア・ラ・ヴァプール
柴田書店「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2012年12月号「魚料理(4)」の補足記事です。
4回にわたって魚料理の「概説」部分を訳してきましたが,今回でひと区切りとなります.原書では gratin と crimped という項目が残っているんですけど,わざわざ連載で取り上げる内容でもなさそうなんで省略,次回1月号からは肉料理の概説を読んでいくことになります.さて,今回の「補足」ですが,魚料理とは直接関係ないア・ラ・ヴァプール(蒸すこと)のお話しです.よく,「蒸す」という技法はフランス料理になかったが,1970年代のヌーヴェル・キュイジーヌにおいて中華の「蒸す」という手法が採り入れられ,一般化した…などと解説されていることがあります.これ,半分は正しいけど,半分は間違い.ヌーヴェル・キュイジーヌが「蒸す」ということについて中国料理から影響を受けているというのは正しいんです.でも,cuire à la vapeur という方法自体はヌーヴェル・キュイジーヌよりずっと以前から行なわれてきたんです.まずは1960年放送のテレビ番組を見てみましょう.グラン・ヴェフールという三つ星レストランのオーナーシェフ,レモン・オリヴェが Art et magie de la cuisine という番組を1954〜1967年にやっていました.素晴しいことに,ごく一部ですけどWEBで見られるんですよ.で,アーティチョークとアスパラガスのグラタンの回です.字幕も何もないですけど,何をしているかは見ればわかると思います.このページに動画の埋め込みをしておきますが,念のためにリンクも貼っておきますね.「アーティチョークとアスパラガスのグラタン」
圧力鍋に少量の水を入れて沸かし,野菜の入った籠を重ねて蓋をして圧力をかけています.これを cuire à la vapeur つまり「蒸す」と言っているわけです.ちょっと分かりにくいかも知れませんが,圧力鍋がない場合は普通の鍋でも出来るよ,って説明もしています.
さて,もうちょっと古い資料を見てみますか.例によってモンタニェ『ラルース・ガストロノミーク』初版(1938年)から vapeur (cuisson à la) の項目.
蒸す… 沸騰した液体の上に素材を並べた「すのこ」または網をのせ,圧力をかけて(「圧力釜」参照),または圧力をかけずに加熱する
ね,ア・ラ・ヴァプールはちゃーんと出てるんですよ.ただ,オリヴェの番組では圧力鍋 autocuiseur (オトキュイズール),モンタニェだと圧力釜 autoclave (オトクラーヴ)を使うということになっているんです.少なくとも日本の「蒸し器」や中国料理の「せいろ」みたいなものはなかったんで,圧力をかけずにア・ラ・ヴァプールで加熱するには何らかの工夫が必要だったというのも事実ですが.
ここでようやく今月号の内容につながります.魚のムース,ムスリーヌについて「蒸してもいいが,圧力がかからないように加熱すること」と本文にあります.日本の「蒸し器」をイメージしちゃうと理解できないところです.ア・ラ・ヴァプールでの加熱は圧力がかかる器具を使うことが前提になっているということを踏まえておく必要があるわけです.だからわざわざ「圧力がかからないように」(原文は à très basse pression ごく低い圧力で)と書いてあるんです.
圧力釜というのは基本的に「高圧滅菌器」ですから,「蒸すための器具」としてイメージしにくいかも知れませんが,野菜の下処理などでこれを使うというのは,昔はある程度の規模の厨房ではそう珍しいことではなかったようです.フランスでの修業時代に,野菜の加熱にこれを使っているのを見たというシェフもいらっしゃるので,比較的最近まで残っていたかも知れません.
cuire à la vapeur という表現は「蒸気を使って火を通す」ことで,19世紀,20世紀初頭,一般的に蒸気といえば「蒸気機関」ですよね.蒸気を高圧にすることによって動力源にするという.そういう時代ですから,「蒸気」 vapeur という言葉と「圧力」pression が密接な関係にあるのは当然のことでしょうね.
さて,12月号は「エスコフィエを作る!」第二弾もありまして,見所満載です.ぜひお読みください.「作る!」の方についても補足記事を書いておく必要がありそうですので,11月中にもうひとつエントリをアップしようと思います.