内部参照の問題

翻訳作業の進行管理を現在のクローズドな Bitbucket のままにするか、フルオープンな Github に移行するかという問題。

Github フレーバーの markdown でも、自動でリンクが生成されないとはいえ、Github 上のファイルをブラウザで見ると脚注がちゃんと表示されることがわかった。

なら、Github フレーバーでいいんじゃないか、とも思うが、『ル・ギード・キュリネール』の場合、電子文書(なんかお役所的な表現だなぁ)としても、紙の本の原稿としても成立させられるフォーマットとして考えたとき、内部参照の問題がどうしても出てくる。

たとえば、原書425ページに出てくる「牛フィレ フィナンシエール」のレシピの原文は……

Filet de Boeuf Financière — Piquer le filet et le poêler.
Le dresser et l’entourer des éléments de la garniture Financière disposés en bouquets distincts et légèrement saucés.
— Servir à part le complément de sauce Financière.

まずはストレートに、カタカナ用語を使って訳してみると

牛フィレ フィナンシエール……フィレ肉にピケし、ポワレする。
これを皿に盛り、周囲にガルニチュール・フィナンシエールの具を、きれいな花束状に配置し、軽くソースをかける。
— ソース・フィナンシエールの残りを別に添えて供する。

この訳じゃ、いまの若い料理人さん(あるいは料理人志望の若者)はさっぱり分からんでしょう。いや、『ル・ギード・キュリネール』を最初からしっかり読み込んで、きっちり頭に入っていれば大丈夫なのかも知れないけれど……

ちなみに、旧訳はどうなっているかというと……

Filet de Boeuf Financière (フィレ・ド・ブッフ・フィナンシエール)
ピケしたフィレをポワレする。
盛り皿の中央に盛り、ガルニチュール・ア・ラ・フィナンシエールの材料を種類別のブーケに分け、軽くソースをかけてまわりに飾る。
ソース・フィナンシエールの残った分を別に供する。 (『エスコフィエ フランス料理』柴田書店、1969年、599ページ)

上で僕がストレートに訳したのとあんまり変わらない。「種類別のブーケ」って何? とは思うけど、そもそも「ガルニチュール・フィナンシエール」が何かを知らないとどうにもならないし、知っていれば「種類別のブーケ」という表現も、まぁ理解出来る範囲のものだ。そういう意味では必ずしも誤訳じゃないと思う。

昔はこれでも良かったのだろうか…… もっとも、ある有名ホテルの総料理長氏が、このレシピについてではないけれど、修業時代に旧訳は読んでも「さっぱり分からなかった」と、こっそりおっしゃっていたというのを聞いたことがある程だから、あの旧訳は致命的な誤訳がない部分でも、「勉強中」の料理人さんには理解し難いものであることは確かだろう。

さて、何が問題か…… 僕の訳の方で検討してみよう。なにも旧訳の悪口を書きたいわけじゃないから。それに、今回は「学術的に正確かつ現代調理現場での用語をある程度生かした」訳文を僕としては目指しているから、だいたい上の訳文のような感じにはなると思う。

  1. フィレ肉……街場のレストランでもホテルのダイニングでも、牛フィレは掃除をして、一人分80gとか100gにカットして調理するのが普通だろう。ひょっとしたらホテルの宴会部門でもそうしているところはあるかも。ところが、『ル・ギード・キュリネール』で「牛フィレ」と出てきたら、掃除をした状態で、約10人前1.2kgの単位で塊のまま調理することが「牛フィレ」の節の冒頭に記されている。要するに、牛フィレほぼ丸ごと1本ということだ。

  2. ピケ……これは『ル・ギード・キュリネール』の中で説明されていたっけか、ちょっと自信がないけれど、旧訳の場合は巻末に用語集が付いていて、一応は説明が出ている(正確とは言い難いんだけど)。となると料理用語辞典か何かを引かないと分からない。肉料理におけるピケ(する)とは、拍子木に切った豚背脂や赤く発色するように漬けた牛舌肉、トリュフなどを「ピケ針」という道具を使って、肉の表面に刺すことを言う。ほとんど装飾的要素だから、きれいな仕上りを目指す必要がある。ググってもいい画像が見つからなかったので、グウーフェ『料理の本』(1893年版)の、「牛フィレ ジャルディニエール」の絵を掲げておく。肉の表面にたくさん斜めに刺さっているのがそう。別に、斜めに刺すというきまりはなくて、垂直だったりもする。ちなみに、ピケ針とラルデ針はよく混同されるけれど、ピケが肉の表面に棒状のものを刺すための道具であるのに対して、ラルデ針は大きな塊肉の内部に筋線維の方向に、長い棒状に切った豚背脂を刺し込むための道具。

  1. ポワレ……いま「ポワレ」というと、フライパンでソテーする意味で使われているのがほとんどだろう。料理人さんによっては、「ソテーとポワレは火を通す際に素材を動かすか動かさないかが違う」とか「温度が違う」といった謎理論を展開することもあるみたいだが、はっきり言って、フライパンで焼くということに違いはない。ところが、『ル・ギード・キュリネール』の「ポワレ」はまったく別物。大きな鍋の底に香味野菜(『ル・ギード・キュリネール』ではマティニョンと呼ばれているもの)を敷いて、溶かしバターをたっぷりかけて蓋をし、やや強火のオーブンに入れて加熱する、というもの。ちょっと以前に流行ったココット焼きに似ている(というか、ココットはポワレのバリエーションだと『ル・ギード・キュリネール』には書いてあるけど)。さて、このポワレという語については、「ルルヴェとアントレ」の章の冒頭でこと細かく説明されているから、この本を順に読み込んでいれば理解できるということになるだろうか。

  2. ガルニチュール・フィナンシエール、ソース・フィナンシエール……それぞれ「ガルニチュール」「ソース」の章にレシピがある。『ル・ギード・キュリネール』では別々にレシピとして書かれているけれど、19世紀前半のカレームだとフィナンシエールはラグー(煮込み)の一種として扱われているし、北イタリアではいまでも煮込み料理という理解が多いようだ。『ル・ギード・キュリネール』でのガルニチュール・フィナンシエールは、仔牛か鶏肉のファルスで作ったクネル、刻み模様を入れたマッシュルーム、雄鶏のとさかとロニョン(雄鶏のロニョンは睾丸のこと。どちらもちゃんと下処理をして火を通しておく)、トリュフのスライス、皮を剥いて茹でたオリーブ。一方の「ソース・フィナンシエール」は、マデラ酒11/4Lを1/4量くらいになるまで煮詰めて、鍋を火から外し、トリュフエッセンス1dlを加え、布で漉す、というもの。要するにそれぞれの項目を見ないとどうにもならないわけだ。

で、こうなってくると、電子媒体というかファイルの場合は、内部参照のリンクは不可欠になってくるだろう。用語集を付けるかどうかの検討の余地はあるけれど、付けるならやっぱりリンクがないと不便きわまりない。というか、ポイントになる部分や他の章のレシピを見ないとどうしようもないところなど、リンクが張ってあって、それをクリック(タップ)すれば対象の記述にジャンプ出来た方がいいでしょう?

さて、この内部参照を markdown 書式で実現できるかが問題で、Github フレーバー markdown は不可。pandoc 拡張 markdown だとOK。もちろん、markdown じゃなくて TeX という組版プログラムを使えばどうということなく内部参照のリンクを付けたPDFやEPUBが出力できる。

ただ、この内部参照が機能するように pandoc 拡張 markdown で書くとなると、最終的にひとつのファイルにしなければならなさそう。長い文書ってのは章とか節の単位でファイルを小分けにして作成していくのが一般的だから……序文の訳(草稿)を元に大雑把に計算して、1ページが4〜5KBとして1,000ページ、ということは、なんだかんだで5MB超のテキストファイルということになる。5MBの素のテキストファイル(markdown だけど)をエディタでスクロールしていくってのは、編集作業の面ではかなりうんざりするような作業ということになるかも知れない。すくなくとも TeX に変換して編集となるとマークアップの量が膨大になるから、小分けしてないと手がつけられないなんてことも。

とりあえずは章毎に小分けしたファイルを作っていって、最後にまとめればいいか。となると、脚注のマークアップを自動でやらせると複数のファイルで番号がダブってしまうから、毎回、章毎に脚注番号 [^1]のようなものを[^02-000001]みたいに接頭辞を付ければいい。これは [^ のところを一括変換で接頭辞付きのものにするとか…… あるいは汎用性がなくなるけれど、pandoc拡張の機能でインラインで脚注を書く方式にして、公開用の md ファイルは別方言のものに変換するか…… ちょっと悩みどころだけれど、本格的に作業を始める前に決めておかなければ。

もっぱらファイル作成の技術的な問題だが、ご意見、アドバイス等、下のフォームからでも、いただけるとありがたい。

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