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著者(1)は若い頃にたくさん旅をし、宮廷、修道院、裕福なブルジョワの屋敷に出入りしていたと、いささか大袈裟な口調で述べている。そのいたるところで作法を教わり、料理人に質問をし、レシピを書き留めた、と。だから「卵、チーズ、魚、肉、果物、飲み物、ソース、調味料について知っていることを可能なかぎり」論じれば有益なものになる考えたのだ。
(1) この著作は未刊だが、14世紀には『厨房の書』の題名で呼ばれていたことが余白の書き込みからわかる。 国立図書館所蔵番号 F. lat. 7131.
(1)…
ページ下部の注を参照すべしということ。ゲガンの場合、原注にはとても重要なものが多いので見逃すわけにはいかない。ただ、この原注は位置がどうもおかしいような気がする。前のパラグラフの最後にあったほうがいいように思われるが、ここでは原文にしたがった。
ここでは仮に『厨房の書』と訳したが、通常はラテン語のまま Liber de Coquina と呼ばれている。中世の料理書(といっても既に見たように、一冊まるごとがこれに充てられているわけではない)として最初期のもののひとつだ。
この注釈を書くにあたってネットで確認したら、Wikipediaにフランス語と英語で項目が立っていた。
フランス語の記事のほうがすこし詳しいのだが、英語の記事には、著者はおそらく2人で、前半はフランス人、後半はナポリ出身のイタリア人ではないかとある。すこし後で出てくるが、ゲガンは著者をパリ出身と推定している。
ゲガンは「全ての飲食物の調理と味付けの方法について」イコール「厨房の書」と考えているわけだが、現代ではこの二つは別のものと見做されている。結論を言ってしまえば、フランス国立図書館蔵 F. lat. 7131 に収められている料理関連の文章は
- 全ての飲食物の調理と味付けの方法について(94-96、ラテン語、通称 Tractatus)
- 厨房の書(96-99、ラテン語、通称 Liber de Coquina)
- 料理指南(99-100、フランス語、通称 Enseingnemenz)
という、それぞれ独立した3つからなる。これらが改ページもなく連続してびっしりと書かれているわけだ。
参考ページ(フランス語)
宮廷…
フランス語原文は les cours 複数形である。直訳すると「すべての宮廷」。
修道院…
修道院では畑を耕し、ワインを醸造し、家畜を飼うといったことがなされていたが、その食生活は、けっして「質素」と決めつけてはいけない。
ブルジョワ…
語源 bourg (ブール)は「城塞都市」のこと。中世の都市は壁で囲まれていた。たとえば12世紀ごろのパリを描いた地図など見るとその様子がよくわかる。
その「城塞の内側に住む者」というのがブルジョワのもともとの意味だ。
こんにち「ブルジョワ料理」というと家庭料理のイメージが強いだろうが、中世においては宮廷料理とブルジョワ料理という区別はほとんど存在しない。なにしろ、裕福なブルジョワは地方の大領主に匹敵する財力を持っていたといわれる。