パセリがお皿の飾りであるかぎり、皿の上でしおれてはならない?

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パセリの間引きをした。品種は Alto (Vilmorin)。間引きだからろくにカールしていないし、風味もまだまだ弱いけれど、みじん切りにしたら充分愉しめた。

さて、掲題の迷文。『野菜園芸大百科』(農文協)の一節だ。パセリを収穫、出荷する際に気をつけるべき品質1についてである。

パセリがお皿の飾りであるかぎり、皿の上でしおれてはならない。そして適度の縮みと濃いグリーンをもち、病斑や食害痕があってはならない。(『野菜園芸大百科』、農文協、第14巻、p.396)

たしかに正しいことを言っているのだが、どうにも可笑しい。そして、軽々には笑いとばせない現実を思い出して暗澹とする。

パセリをたんなる装飾要素としてしか捉えていない愚については言うまい。世の中にはパセリを食べものではないと思っている気の毒なひともいるようだが…

それよりも「しおれてはならない」のところだ。これは生産者に要求すべきことなのか? 流通業者や調理するひとの問題のほうが大きいのではないか? 「ちょっとやそっとではしおれない」しかも「濃いグリーン」のパセリを要求された生産者は、若い葉ではなくやや老化気味の葉を出荷するだろう。そういう葉は硬いし苦味も強い。だが丈夫だ。緑も濃い。

どんな野菜にも収穫適期というのがある。美味しさのピークがある。品目、季節によってちがうが、ほんの数日だったりする。パセリもそうだ。いい具合に縮れていてしかも柔らかい葉を収穫するのがいい。鮮烈な香りと適度な苦味、口に障らない程度のテクスチュアが愉しめる。

そういう葉は軟弱だ。ちょっとやそっとでしおれてしまうかもしれない。調理をするひとが雑な洗い方をすればつぶれたりするかもしれない。

なべて野菜というのはベストの美味しさを提供するのがまことに難しい。パセリは、いい頃合いの葉を使う直前に摘んでくるのがいちばんいい。それが出来ずともせめて、洗うのも刻むのも皿にのせる直前にするといい。


  1. 生産、流通現場で言われる、野菜の「品質」という言葉は事実上「見た目のよさ」と同義と言っていいだろう。