感情的な言葉狩りがはげしく、発信者側もコンプライアンスという名の事勿れ主義で言語表現が平板なものになってしまった昨今、それでもあえて言う。

ボヌファムはおばちゃんのことだ、と。

といっても否定的なニュアンスどころか、むしろプラスイメージの、とてもおいしい料理を作ってくれる「おばちゃん」だ。エスコフィエ『料理の手引き』からリストアップすると

レシピを読むと、あるいは食べてみるとわかるが、手順の多い凝った料理と対極にあるようなシンプルでちょっと家庭料理を思わせるようなものが多い(というか全部そうだ)。

そういうシンプルで「ほっとするおいしさ」の料理に「ボヌファム」という名称が付されるわけだ。

日本ではとりわけソール・ボヌファムが有名だからか、主素材に白いソースをかけてオーブンなどで焼き色をつけたグラタンみたいなの、という理解をされることが多いようだが、ボヌファムは料理の「性格」をあらわしているだけで、調理法はひとつじゃない。レシピを読めばすぐわかるだろう。

このボヌファムをどういうわけか「貴婦人風」と日本語にするひとがいるらしい。いや、日本語にするのはもちろん大切なんだが、貴婦人って? どこをどうしたらそうなる?

フランス語で書くとbonne femme。bonneは形容詞bon(良い・おいしい)の女性単数形、femmeは女性名詞で「女性」のこと。あえて文脈なしに逐語訳するなら良い女性とでもなろうか。そこから日本語で類推して貴婦人となったのか?

日本語の貴婦人という言葉にもっともちかいのはdameだろう。英語だとLadyが相当する。もともとは貴族の女性をいった。だから貴婦人。

中世末期につくられた有名なタペストリー「貴婦人と一角獣」はフランス語でLa Dame à la licorneだ。ただし時代が変わると言葉の使い方も変わる。ヴェルディのオペラ『椿姫』の原作となったデュマフィスの小説のタイトルはLa Dame aux caméliasだが、ヒロインは高等娼婦(クルティザーヌ)だ。貴族の女性ではない。あるいはWCの入口にあるMonsieur / Dameの表記(プレート)は男性・女性のこと。このあたりも英語のLadyと似たような感じだ。

ついでになるが、貴族の若い女性を指す言葉にdemoiselleがある。令嬢などと訳すことが多い。この語はかなり古い時代から文学作品などで娼婦を指す表現になっている。娼婦の純愛というのは古来から文学で重要なモチーフ・テーマのひとつだからいちがいには言えないけど、dameとかdemoiselleというフランス語は解釈に注意しなくてはいけない。

それはともかくボヌファムである。ロワイヤル仏和中辞典(旺文社)だとfemmeの項に熟語として用例と訳語がならんでいる。訳語だけ引用すると、女、女房、かみさん、年配の女、おばさん。

料理の場合はボヌママンbonne mamanとほぼ同義とされている。ジャムのブランド名としても有名だ。イタリア風にいえば「マンマの味」ということ。

だから、ソール・ボヌファムをすっかり日本語でいうなら「おかん(おばちゃん)風舌びらめ」ということ。

食べるひとにとって料理なんておいしければいいんだから、料理名の日本語なんかこだわってもしょうがないのも事実だけど、間違ったまま覚えているよりは正しいほうがずっといいと思う。というか、ひとの味覚が知識や情報によって左右される(先入観とか知覚バイアス)のもまた事実。(2024年2月)

MENU
Right Menu Icon
0
YOUR CART
  • No products in the cart.