このサイトのアクセス統計を見たら「料理人がフランス語を習得するコツ?」と題する投稿が初日で87PVになっていた。世間一般からすれば微々たる数字だろうが、畑仕事と思考の記録を綴っているだけのこのブログとしてはとてもめずらしいことだ。なにしろ普段ほとんどアクセスがないのだから。

いちおう、ブログに投稿をすると Facebook と Twitter に自動的にリンクが流れるように設定してある。今回は Facebook 経由でのアクセスが大半だった。もっとも、このブログじたいはコメント欄を設けていないし、FB でもコメントなどなかったから、反響みたいなものはあるのかないのかわからぬ。

ただ、多少なりとも関心を持たれるテーマなのだろうということはわかった。10年ちかく教壇に立っていたとはいえ、いまは一介の野菜生産者にすぎぬ僕にまで、フランス語を学ぶコツについて話せという求めがあったこともなんとなく得心がいく。

方法論を知る

さて、前回の投稿で、フランス語を習得したいという動機、目的、目標を明確に自覚すべき、と書いた。これがひとつめのポイントだ。

つぎに、適切な方法論(メソッド)を知る。といっても、外国語学習(正確には第二言語習得という)それじたいは応用言語学の一分野だから、たいていのばあい、詳しく知る必要はない。いい教師に出会えればそれで充分だろう。

独学の場合は学習者じしんが教師の役割も兼ねるわけだから、多少は知っておいたほうがいい。

文法・訳読法

いまはどうか知らぬが、日本では、教師も学習者もメソッドについてあまり問題意識を持たずに授業、学習がおこなわれていることもしばしばだった。基本的には「文法・訳読法」と呼ばれるものがベースになっていたと考えていい。まず文法規則を覚え、それが使われているフランス語の文を日本語に訳す、あるいはその逆で日本語の文をフランス語に訳す、というのが代表的なプロセスだ。その間にいわゆる文法問題の演習をすることも多い。ぜんたいとしては、言語運用の観点からすると、演繹的な方法だ。

この指導法、学習法は「会話ができるようにならない」と批判されることもよくあったようだが、かならずしもそんなことはないと僕は思っている。できるようになるひとはできる。

このメソッドに困ったところがあるとすれば(というよりも実際にあるのだが)、その演繹的なプロセスに拒否反応をしめす学習者がすくなくないことだ。動詞の活用やら人称代名詞やら、性・数一致やらといった規則をまず、わけもわからず頭に入れなくてはならない。それまで見たこともなかったものだから、いきなり理解できるわけがない。理解できないものを覚えられるわけがない。そうして苦労して頭に入れたとして、訳読の文章じたいは陳腐な内容だったりする。がっかりだ。もうちょっといいことが書いてあってもいいじゃないか。

もうひとつ、訳読できるようになることがおもな目標だから、まず文字からはいる。でも音読もできるようにならなければいけない。フランス語は発音と綴り字の関係が複雑だ。あるていど学ぶと「たいしたことないな」と思えるようになるのだが、初学者にとっては複雑怪奇だ。

「語末の e は /ə/ または無音、ただしアクサンがついたものはのぞく」とか、「フランス語には原則として二重母音はない。ou は /u/ と読む」などと最初の授業で言われても初学者は困るだけだろう。そんなことよりも、une pomme /yn pɔm/、braisé /bʁɛ.ze/、chou /ʃu/ という具合に個々の語とその発音、綴りをまず覚え、語彙力がついてきてから規則を整理したほうがいい。

こういうのが教科書の最初のページに出てくる。いまどきはどうか知らぬが、昔の教科書では発音記号もあたりまえに出てきて、英語とは違うところもけっこうあるから覚えなければならなかった。だいたいここで、挫折しないまでも悪印象くらいは持ってしまうだろう。

この文法・訳読法はラテン語の教授法にルーツがあるといわれている。ヨーロッパでは中世以来、ラテン語は知的エリートのものだ。フランスでは19世紀から20世紀にかけて学校教育が一般化し、どんな子供でも無理矢理にラテン語を学ばされた時代もあったようだが、フランスの場合、けっきょくは必修科目から外れてしまった。

この、ラテン語教授法を出自に持つ点こそ、文法・訳読法の特徴であり本質だと思う。かならずしも万人にむいているわけではない、ということだ。

もっとも、どんなメソッドだってすべてのひとに最適なものたり得ぬのだから、欠点というようなものではない。

ダイレクトメソッド

文法・訳読法へのアンチテーゼとして登場したのが、母語をいっさい介在させず、絵などを駆使して授業をおこなうダイレクトメソッドだ。別名ベルリッツメソッドとも呼ばれる。この方式の授業を僕はうけたことがないし、具体的な教材も知らない。

ただ、料理人がフランスに修業にいって、語学学校にもかよわずに現場だけで、それでもフランス語でやりとりができるようになるケースは、このメソッドとプロセス的に近いのだろうと想像する。

この学習プロセスは第一言語(母語)の習得とやや似たところがあるが、大人が学ぶばあい、そのひとが既に知っている事柄の範囲を越えた言語表現を学ぶのが困難になりやすいという欠点がある。ありていに言うと、知的あるいは抽象的言語表現を身につけるにはむいていない。

オーディオリンガルメソッド

いわゆるLL教材にこのメソッドによるものが多い。録音を活用した反復練習とパターンプラクティスが特徴。反復練習、パターンプラクティスは非常に効果的な場合も多く、これらをとりいれた教材もたくさんある。

コミュニカティヴアプローチ

フランスで出版されている外国人のためのフランス語教材やフランス語学校の主流。EUの「ヨーロッパ言語共通参照枠」およびそれに準拠したフランス語資格試験 DELF/DALF はコミュニカティヴアプローチの考え方にもとづいている。

僕がフランス語を学んだ頃の経験を言えば、大学のフランス語の授業は文法・訳読法がメインだったが、大学の授業の後に週2、3回通っていた東京日仏学院(いまはアンスティテュ・フランセというらしい)ではこの方法をとり入れた授業がおこなわれていた。僕にとってはとても効果的なものだったし、楽しかったから、教壇に立つようになってからはもっぱらコミュニカティヴアプローチの考え方をベースに授業をおこなうようにしていた。

コミュニカティヴアプローチでは学習項目は具体的なコミュニケーションスキル(たとえば「好き嫌いを言う」「頼み事をする」など)で構成されることが多い。学習者同士でおこなうアクティヴィティ(授業活動)を通して言語表現を身につけていく。

アクティヴィティの多くは学習者が複数いるクラスでおこなうのが前提となっているため、独学にはむかないが、コミュニカティヴアプローチの考え方にもとづく、あるいは一部とり入れた参考書などもある。

文法・訳読法が「読む」「書く」に、ダイレクトメソッドとオーディオリンガルメソッドが「聞く」「話す」にそれぞれ力点を置いているのに対し、コミュニカティヴアプローチは「読む、書く、聞く、話す」をバランスよく習得するように考えられている。

いま調理現場で働いている料理人が、これからフランス語を本気で、きちんと、総合的に学ぶなら、コミュニカティヴアプローチを実践している語学学校に通うのがいちばんいいだろう。

あえて欠点をあげるなら、学習コストが膨大なところか。ここで言う学習コストとは費用だけではなく、時間と労力も含まれる。DELF の「上級」に位置する DELF B2 の学習時間のめやすは550〜650時間とされている。うろ憶えだが、これは授業に参加した時間というか教材の進度で考えるのだったように思う。つまり、週1回、2時間ずつの授業を年間40週として、80時間。650時間ということは8年以上かかるわけだ。

以上が「外国語教授法」のおもなものだ。ほかにもサジェストペディアとかサイレントウェイとかいろいろあるが、いまの日本でフランス語を学ぶ場合に関係ありそうなものはこれくらいだと思う。

さて、フランス語を習得する動機、目的、目標がはっきりして、方法論にもいろいろなものがあることもわかった。あとは具体的に、じぶんにとって最適なやりかたを探して実践するのみだ。この出発点のところで自己分析的、戦略的に考えるのが最大のポイントだ。なんとなく語学学校に通ってもなかなか身につかない、やみくもに参考書や問題集を買っても途中で投げ出してしまいがちだろう。

それから、効率的な学習のためのちょっとしたテクニックのようなものはいろいろあって、それらも「コツ」ということになるのだろうが、この投稿は「料理人がフランス語を学ぶうえでのコツについて話せ」というあるところからの求めにこたえるための予備練習だから、そのあたりのことまでいまあまり詳しく書くと怒られてしまいそうな気がする。

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