coulibiac, koulibiac, koulibiak, кулебя́ка

僕の野菜を使ってくれている料理人さんが coulibiac de saumon の起源を知りたいというのでメールに書いたのだが、せっかくなので、すこしばかり増補してブログにも投稿しておく。

カタカナで書くとクーリビヤックあるいはクリビヤックといったところだろうか。一般的にはサーモンと固茹で卵、マッシュルームなどをブリオシュ生地かパイ生地で包んで焼いた料理のことだ。僕は家庭料理のイメージを持っていたが、じっさい、レストランやビストロでは見かけないらしい。それにしても、なんともフランス語らしからぬ奇妙な料理名だ。

それもそのはず、coulibiac はロシア料理の кулебя́ка が原型だ。кулебя́каで画像検索をすると、油で揚げずに焼いたピロシキみたいなものの写真がたくさん見つかると思う。

このкулебя́ка、さらに元ネタ(?)があって、ドイツの Kohlgebäck (コールゲベク)に由来すると言われている。ただ、Kohlgebäck でWEB検索をしてもロシア語のページばかり出てくるので、「ロシアではそれが定説」という以上のことはわからない。ドイツ語で Kohl はキャベツ、Gebäck は焼き菓子のことで、もともとはファルスにキャベツを入れていたという。

また、フランス語で koulibiac, koulibiak と綴ることもあるが、これはロシア語の影響だろう。

さて、このロシア料理は19世紀にフランスに導入され、またたく間に(といっても数十年はかかるのだが)広まった。

料理書での初出はカレームの『19世紀フランス料理』L’art de la cuisine française au XIXe siècle 第5巻だ。

ただこの第5巻はプリュムレが執筆した巻で、1844年、カレームの死後10年以上経ってから出版されたものだ。だから、これがカレーム自身のレシピかどうか、また、「カレームがロシアからフランスに持ちかえった」と断言できるかどうかは微妙なところだろう。

この本での綴りは coulbac 。サーモンとテュルボを使うもの (p.5) のほか、鶏を使うものも収められている (p.291)。292ページには、再度、petits coulbacs としてサーモンまたはエステュルジョン(チョウザメの一種)と舌びらめを使うものが出ている。

この本の問題点は全体が未整理なところで(第5巻は目次すらない!)、だからこそかえってカレーム自身のレシピだと考える根拠にもなり得るのだが、いかんせん傍証となる資料がないので、「たぶんそうだろう」くらいに見ておいたほうがいいようだ。

この本以前については、すくなくともボヴィリエとヴィアールには出てこない。19世紀前半、フランス革命期から七月王政期にかけての料理書はカレームとこの二人の著作を見ておけばおおむね間違いはない。だから、カレーム(プリュムレ)の第5巻が初出と見て間違いないだろう。なお、フランス語の大辞典 (TLFi)だと、オドの本が初出となっているがカレーム(プリュムレ)はそれより10年古い。

TLFiによるとオドの La Cuisinière de la province et de la ville1 1855年版でこの料理が出てくるということだが、僕の手元には1855年版がないので、1856年版を見たところたしかに koulbac として出ている。1838年版には出ていない。

オドの koulbac は、ブリオシュ生地、米、固茹で卵の黄身、薄切りにした牛肉または家禽またはジビエで作る。米は粗挽きのスムールにしてもよく、また、海水魚、淡水魚でも作るとある。

オドの本は1830年代から70年以上にわたって版を重ね、その時代の流行料理が増補されているので、複数の版を見ると19世紀中葉〜後半の料理シーンの一端をかいま見ることができる。そういう意味ではとても重要な文献だ。「ブルジョワ料理=家庭料理」などと早合点して馬鹿にしてはいけない。

さて、1856年はちょうど、ユルバン・デュボワがロシア式サーヴィスについて説いた『古典料理』 La Cuisine classique が出た年でもあり、この時代、食文化的にロシアの影響はすくなくなかった。塩蔵したキャヴィアとウォトカの組合せが大流行したのも19世紀末から20世紀初頭だから、だいたい同時代といっていいだろう。帝政ロシア華やかなりし時代だ。

僕が知っている文献では、次に coulibiac が出てくるのはユルバン・デュボワの『パティシエ大全』 Grand livre des pâtissiers (1883年)。ただ、この本では pâte à coulibiac つまり生地の作り方しか出ていない。肝心の coulibiac そのものはどうも見あたらぬ。

その次はエスコフィエの『料理の手引き』。この本では、coulibiac de saumon が2種。ほか、うなぎや鰯を使うレシピもある。エスコフィエの coulibiac de saumon では vésiga を使うのが特徴。”moelle épinière de l’esturgeon” エステュルジョンの脊髄、とある。日本語の本では「アイシングラス」と書いてあるものを見たが、アイシングラスはチョウザメのうきぶくろを原料にしたゼラチンのことだそうだから違うような気もするが、さすがにこのあたりはまったくわからない。

エスコフィエのレシピの vésiga がとくにそうだが、カレーム(プリュムレ)、オドも coulibiac が「ロシア料理」であることを強調している。フランス風ロシア料理というべきか、ロシア風フランス料理というべきか、いずれにしてもフランスというプリズムを通したロシアの食文化というのが、日本人がこの料理を理解するうえでのポイントになるように思う。

が、ロシア風というところから離れてしまうのを承知で、語源にあるキャベツを加えて作ってみるのも面白いかも知れない。ドイツというと白キャベツのイメージのような気もするが、彩りを考えるとカーヴォロ・ネーロか、せめてサヴォイのほうががよさそうだ。


  1. この書名はいつも訳に困る。逐語訳すれば「地方および都会の料理女」だが、そんな書名では読む気さえ起こらないだろう。いわゆる「ブルジョワ料理」の本で、19世紀の新興ブルジョワ家庭の夫人と、その下で働く料理担当の女中を対象としたものだ。意味を汲むと「女性のための、地方でも都会でもできる料理の本」といったところか。