前回のエントリで述べたように『ル・ヴィアンディエ』はいくつかの手稿 (写本) と15世紀以降に活版印刷されたテクスト群からなる。どれかを「決定版」にすることはできないから、全部併せて読むのがいちばんいい。それでもわからないところは同時代の他の文献を読んで考えることになる。

ここでは例としてブランマンジェを見ていこう。こんにちブランマンジェというとお菓子のイメージだが、中世はかなり違うものだった。

まずは15世紀の刊本 (Bibliothèque nationale de France, département Réserve des livres rares, RES-V-1668)

le-viandier-pichon-blanc-manger-de-chapon-3

日本語にしてみると

ブランマンジェ
病人用、去勢鶏のブランマンジェ。[去勢鶏を]水煮する。アーモンドにブイヨンを加えてすり潰し、漉す。沸かしてとろみが付くようにする。上にざくろの実をのせる。

意味不明というほどではないが、レシピとしては舌足らずで実用的ではない。けれど、これだけを見て「中世の料理はヘンテコだ」などと考えてはいけない。

BN写本 (Bibliothèque nationale de France, Département des manuscrits, Français 19791) では

le-viandier-ms-bn-blanc-manger-de-chapon

去勢鶏のブランマンジェ
去勢鶏を水煮してよく火を通す。たっぷりのアーモンドをすり潰す。去勢鶏の胸肉もすり潰す。[これらを合わせて]ブイヨンでのばし、布で漉す。沸かして、切れるくらいまでよく煮つめる。深皿に入れる。アーモンド半ダースの皮を剥き、油で揚げる。このアーモンドを深皿の一方に盛る。その反対側にはざくろの実½個分を盛る。砂糖を振りかける。

17世紀以降のフランス料理はブイヨン (後のフォン) というものに非常にこだわるのだが、中世の文献の場合はそれほどのこともなく 、「煮汁、茹で汁」くらいに解してもかまわないだろう。けれど、たんなる水ではないことに注意したい。

アーモンドをすり潰して漉し絞るとアーモンドミルクが出来る。中世の料理書ではミルク lait (当時の綴りだと laict など) というとアーモンドミルクもしくは牛乳のことで、どちらもよく使われた。

もうひとつ、『ル・メナジエ・ド・パリ』のレシピも見ておこう。

le-mesnagier-blanc-manger-de-chapon

テクストの画像はピション校訂版 (t. 2, p. 165)から。

病人用、去勢鶏のブランマンジェ。去勢鶏を水煮してよく火を通す。たっぷりのアーモンドと去勢鶏の肉をすり潰す。よくすり潰したらブイヨンでのばす。布で漉す。沸かして、充分にとろみが付いて濃くなるまで煮つめる。白しょうがの皮を剥き、上述の、または白いブルゥエで使う香辛料と合わせてすり潰して加える。

しょうがはおそらく乾燥のものだろう。なお、poudre blanche (白い粉) とだけ表現して乾燥しょうがの粉末のことを指す。

「上述の」とあるのは、レシピの前の章で、「エピシエで買うもの」のリストに「シナモンの粉½リーヴル1」 «poudre de cannelle, demie livre pour blanc mengier»とあるのをうけている。つまり、ブランマンジェにはシナモンの粉もふりかける、ということ。

白いブルゥエについては話がややこしくなるので触れないが、それに使う香辛料は、しょうが、マニゲット、「コリアンドル・ヴェルメイユという名の香辛料」となっている。

要するに、『ル・メナジエ・ド・パリ』のブランマンジェは、いろいろな香辛料を好みで振りかけるような記述になっている。逆に、ざくろの実については触れていない。

(2014年5月)


  1. 1リーヴルは約500g。 

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