エスコフィエ『料理の手引き』はとにかく無駄を省いた合理的な構成が特徴。これは第1章冒頭でリストアップされているフォンドキュイジーヌによく表れていて、日々の厨房仕事をシステマティックかつ合理的に無駄なくこなせるようにした結果ともいえる。このあたりをきちんと説明するには、本書でうちたてられたフランス料理の体系を真正面から論じることになりやや高度な概念もともなう。それよりは「読み手目線」で紹介したい。

『料理の手引き』各章や節のはじめには概論とか総論的なことがまとめられていることが多いのだが、「これについてはすでにのべたのでここでは繰り返さない」とか「〇〇の章で詳しく論じるからそちらを見ろ」のような表現をよく目にする。おんなじことは繰り返さないのね、というだけのことだが、これがじつに徹底しているわけだ。典型的な例として牛フィレ・フィナンシエールのレシピを見ると

ポワレの方法は7. ルルヴェとアントレの冒頭で説明されているからここではポワレするとしか書かれていない。

2. ガルニチュールに収録されているガルニチュール・フィナンシエールのレシピどおりにガルニチュールを用意して盛り付ける。

1. ソースに収録されているソース・フィナンシエールを用意して料理にかけ、残りは別添する。

つまりこの牛フィレ・フィナンシエールを理解するにはポワレの方法、ガルニチュール・フィナンシエールとソース・フィナンシエールのレシピの3つを頭に入れておく必要があるわけだ。しかもガルニチュール・フィナンシエールにはクネルを作る必要があり、そのためにはファルスを用意しなくてはいけない。どちらも2. ガルニチュールの冒頭に書かれている。ソース・フィナンシエールはソース・マデールから作るのでそのレシピを見るとドゥミグラスがベースになっている。ドゥミグラスはエスパニョルをデプイエ(きれいに澄ませる作業)するものだから、エスパニョルのレシピも見なくては。

という具合にレシピの数珠つなぎ現象が起きている。わずか数行のレシピだが、理解するために必要な項目を全部読むとそこそこの分量だ。紙媒体の本ならしおりをはさむとか付箋紙を貼りまくってページを言ったり来たりしながら読むことになる。それは電子書籍もおなじ。電子書籍なら読む量が減るなんてうまい話はない。

ただ、原書にしろ50年以上そのまま放置されてきた自称翻訳書にしろ索引が使いにくい(というかはっきりいって使い物にならない)から探すのが大変。本全体の構成が頭に入っていて慣れてしまえばそこそこのスピードで目的のページを開けるというだけのことだ。

これ、初学者とかあんまりこういう本を使い慣れていないひとにはものすごく敷居が高いと思う。途中で嫌になっちゃうね。きっと。

で結局、参照すべきページ、レシピを探すのが手間で「うろ覚え」や雰囲気でなんとなくわかった気になっちゃうかわかったことにしちゃう。エスコフィエあるあるだね。そういう料理人さん結構多いんじゃない? 結果として思い違いや誤解をしてしまうことになる。なんちゃってフランス料理とか自称フランス料理はこうして生まれるわけだ。

そこで朗報。EPUBベースの電子書籍はリンク機能が使える。タップすれば見るべきページに飛ぶわけ。ページを捲って探す必要はない。あとはブックマーク(しおり)などをうまく使いながら紙の本とおなじように読めばいい。

アップルブックスの場合、五島訳エスコフィエ『料理の手引き』ではリンクの文字色を変えてあるから見ればわかるはず。

リンクを貼るのは事実上手作業。用語集に収録した語句もリンクにしているので総数16,000以上。HTMLでリンクを貼る作業をしたことがあれば、途方もない数だと実感できるかも(実際にはmarkdown形式という書き方をしているのでちょっと違うんだが)。

そんなわけで、正確な訳文、充実した訳注、豊富な内部リンクを実現するために途方も無い作業をしたわけです。単純作業も含まれるけどそれなり以上の語学力とパソコンのスキルがないとできない。電子書籍ならではというか電子書籍でないと実現できない機能を限界まで盛り込んだ労作です。金額以上の価値があると断言します。(© 2023 Manabu GOTO)

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