五島 学

東京都立大学大学院博士課程単位取得。大学非常勤講師を経て2005年新規就農。2006年からヨーロッパ品種の野菜生産に取り組む。翻訳業・農業。著書『フランス語レシピで自宅フレンチ 1 料理フランス語文法読本』 Apple Books(電子書籍)。柴田書店「月刊 専門料理」連載「エスコフィエを読む」2011〜2014年(訳・注釈担当)。『エスコフィエの新解釈』旭屋出版(訳担当)。訳書 エスコフィエ『料理の手引き』Apple Books(電子書籍)。「月刊 専門料理」フランス語校正。コレージュキュリネール日本 Collège Culinaire du Japon 会員。

 

エスコフィエ『料理の手引き』翻訳者である五島が自分自身にインタビューしました。

--- 自分で自分にインタビューするってのも奇妙ですね

まぁ普通の感覚だとそうでしょうね。でも、対話形式(対話篇)というのは二人がいいたい放題に言葉を投げつけ合うんじゃなくて、聞き手と語り手の関係に落ち着いちゃうことも多いし、聞き手と語り手両方とも見かけを変えた筆者の分身でしかなかったりする。

18世紀フランスの哲学者ディドロの『ラモーの甥』なんかそうですし、ギリシア哲学のプラトンの著作もそう読めるでしょう。あるいはブリヤ・サヴァラン『味覚の生理学』(美味礼賛)冒頭の対話なんか完全にそうですね。

これらはフィクションのこともあるけど、今回は僕をインタビュー、文章構成してくれる人を探してないだけで、僕は素で話すというか文字にするから、インタビューアーのほうが虚構の存在ですね(笑)。

--- いきなり難しい話で煙に巻くのはやめましょう。自己紹介とフランス料理とのかかわりからお聞かせください

いくつかの大学でフランス語の非常勤講師をしていたんですが2005年にやめて新規就農し、ヨーロッパ品種の野菜を中心に栽培しています。取引先はおもにフランス料理店ですがコロナの影響とエスコフィエに専念した結果、ほとんど取引先がなくなっちゃいまして、現在は再建中です(苦笑)。

留学から帰ってきて教師になってからのことですがフランス料理店での食事にお呼ばれする機会があったんです。でどうにも強い違和感を覚えてしまった。コレジャナイ感がすごかったんです。貧乏学生だったから高級な料理なんて食べたことなかったんです。だからかなとも思ったんだけど……あのとき出てきたカブのクリームポタージュ。カブ、生クリーム、バターに違和感を覚えました。まずカブの味が違うんです。普通に日本のカブですからフランス料理らしくなるわけがないんですよ。乳製品もコクがないし香りが違う。それからですね、食べたいものは自分で作らないとと思ったのは。

留学中は毎日学食、ちょっと贅沢して安いビストロ、レストランくらいでした。まだユーロじゃなくてフランの時代ですけど、前菜、メイン、デザート35フランとか。Menu à 35 francs なんて言い方でしたね。このmenuというのは「コース」の意味ですね。学食はパリに何箇所もあったけどほとんどシテ・ユニヴェルシテールの当時リニューアルして間もなかったのを利用してました。日替わりの他ステークフリットとか鶏のロースト(四分の一羽)も選べて13フランくらいだったかな。ちなみに当時1フラン=18か19円くらいでした。

学食の日替わりでよく覚えているのはジゴダニョー、サーモンのダルヌのグリル、なぜか日曜はクスクスだったり。アンドゥイエットも日替わりにあったけどあれは口に合わなかった。いまでもアンドゥイエットは嫌いなんでたんに好みの問題だと思います。でも全体としては学食の食べ物がとても気に入ったと言うかすっかりなじんじゃいました。サイドディッシュにマヨネーズでリエしたセルリラーヴのサラダがあって、気に入ってよく食べてました。

そんなだから、食に対してとりたてて強い関心があったわけでもないし、まさか関連した仕事をするようになるなんて夢にも思ってなかったですね。

ともかく、フランスというかパリの学食メシになじんじゃったのが日本に帰ってきて日本の高級フランス料理ほぼ初体験。学食メシがいいとか正しいとかいうつもりはサラサラないですけどカブのポタージュで猛烈な違和感を感じたわけです。その後もそこそこ名の知れたフランス料理店での食事に招いてもらうことが何回かありましたが、うーん、これ以上はあんまり詳しくいうと差し障りでそうなんでやめときます(笑)。

まぁ、舌が肥えてるわけじゃないから偉そうなことも言えないし、そんなつもりもないんです。ただ、自分の好みがいわゆる日本のフランス料理と違うだけみたいなんで、いいとも悪いともいうつもりはありません。ただ個人的にはインパクトのある出来事だったというだけです。

話を戻すと、市民農園を借りてヨーロッパで美味しいと思った野菜の種を買って作り始めたわけです。おもにイギリスから輸入した野菜の種子を扱ってる業者などから買って栽培し、品種の違いはとてつもなく大きいなと実感しました。7年か8年大学の非常勤講師をやっていたわけですが、研究者として見込みがないのを自覚しまして。ほかにもいろいろ思うことがあって農業に転職したんです。

--- で、ヨーロッパ野菜の生産に取り組んだと

はじめは有機栽培系の生産者グループに入れてもらって、レタスとキャベツをやってたんです。でもつまらないし、ストレスになることも多くてレストランむけの産直販売にシフトしました。

フランス料理、イタリア料理のプロを相手にするわけですから、勉強のために「専門料理」を毎月読んだり、フランスのアマゾンからエスコフィエとかの料理書を買って読むようになったんです。プロの料理人さんならエスコフィエくらいはしっかり読んでるだろうからそれを見習おうと。いま思うととんでもない勘違いだったんですけど(笑)。

--- 新訳を作ろうと決心したのはどうして?

ある料理人さんから訳してくれないかって言われたんです。野菜のところだけだったらいいよ、って返事したらどういうわけか雑誌連載することになっちゃいました。訳をやるのは僕ひとり。流されちゃいましたがあのとききっぱり断るべきだったと後悔しています(笑)。

だからエスコフィエにたいする愛着とかこだわりみたいなのって感情的にはあんまりないんですよ。とてもシステマティックに構成された歴史に残る名著なのは確かだけど。それはいまもおなじ気持ちです。ただ、訳すっていっちゃったんでそのままずるずる雑誌連載やってました。3年半だっけか、よく続いたと思います。

連載の前提として新たに全訳をつくるということになってました。だから出版社側が新訳は出さないと結論出した時点で連載もやめてチーム解散というかご破算になりました。僕がこの頃にうつを発症したのも大きな原因だったと思います。

--- その後何年も空いてしまったわけですね。どうしてまたエスコフィエの訳を再開したんですか?

病気もよくなってきて、いちど訳すと公言しちゃったからにはちゃんとやろうかなと思ったんです。その頃にある編集プロダクションからコンタクトがあって、エスコフィエの新訳をぜひやりましょうってオファーを受けました。それは確かにきっかけになりましたね。結局のところ「頼まれて」という点に違いはないんです。ただまぁ、まったく別の組織、人間から合計2回依頼されてやったのに、最終的にはバックレられちゃった格好です

それはともかく、再始動にあたってフェイスブックにグループを立ち上げて協力者を募りました。熱意のある料理人さんが5人集まってくれまして、下訳の一部や校正を分担してもらいました。

--- 共訳じゃなく個人訳になっているのは?

プロジェクトメンバーでの話し合いの結果です。僕が責任とリスクを一手に引き受けることになっちゃった気もするけど(笑)。

--- 2022年11月に電子書籍をリリースしました。紙媒体は?

そもそもこのプロジェクトを再開する時点で、僕はEPUBとPDFの組版とファイル作成まではやるけどその先はやらないと公言してたんです。EPUBつまり電子書籍の方はほぼノーコストでリリースできるんでそれはやることにしました。紙媒体については以前にオファーをくれた編集プロダクションに連絡したんですがいい返事をもらえなかったんです。プロジェクトメンバーで相談していったん白紙になりました。

--- 電子書籍は馴染みがないというかピンとこない、本といえば紙がいいという方も多いでしょう。

個人的にはもう10年以上紙の本を買ってないんですよ。だから紙の本という形態にこだわる気持ちがわからないです。書籍の本質はそこに書かれた内容、つまり情報そのものなんでiPadでいいじゃん、と。検索機能とか「調べる」とかリンク機能とかメモとか、いろいろ便利ですし。紙の本は重いし、使ってるとすぐボロくなるし、かさばって邪魔じゃないですか。

とはいえ紙の本を拒否することも否定することもしません。僕自身が紙媒体にこだわってない、積極的になれないというだけです。

組版の微調整は必要ですが印刷用のPDFは出せます。あとは紙に固定するわけだからしっかり校正をやる必要がありますね。アップルブックスの電子書籍は購入後もバージョンアップされる、つまり後から修正が効くからいいんですが、紙媒体を出すならそのタイミングでもう1回校正すべきでしょうね。

ただ、現状どこからもオファーがないんで、プロジェクトメンバーにまかせるって言っています。

だから僕としては「紙媒体は現状未定」としか言えないです。

--- 紙媒体についてはすでに2社が否定的な反応だったわけですね。どうしてでしょう?

それこそ僕が聞きたいです。きちんとした理由を言ってくれなかったんですよ。僕が著者買取はできないって最初に言ったからですかね。

そもそも出版社側が大量のクリティカルな誤訳をそのままで販売を続けて50年以上経っちゃいました。普通の読者は誤訳かそうじゃないかなんて見分け付きません。ただ、あの本は読んでもわからないから、と放置する。もうエスコフィエへの関心なんて風化しちゃってますよ。新訳をほしいなんて思わない。メルカリで古本を買ってちょろっと目を通したら飾っておく、そこに疑問の余地はない、ってことかも。

そういう意味では、あの「旧訳」ってのはなんて罪作りなものだったんだろうと思います。『料理の手引き』という最高の教科書を普及させるどころか、結果は真逆。関心すら風化させちゃう原因になったわけですから。

すごく乱暴な言い方をすると、おそらく半世紀以上、日本のフランス料理はエスコフィエ『料理の手引き』の深い理解なんかなくても発展、栄華をきわめたわけです。一般的なイメージとして「高級レストラン」というとまずフランス料理を連想する。成功した。それが可能だったのはヌーヴェルキュイジーヌ以前だとまだエスコフィエの孫弟子、ひ孫弟子にあたる料理人さんが現場で活躍していた。たとえ『料理の手引き』の原書を熟読してなくても修行中に身体で覚えたことで充分仕事は成り立っていた、という話を聞いたことがあります。

十数年前にブダンノワールとかアンドゥイエットが日本でちょっと流行りました。ブームのからくりみたいなのは知りませんが、エスコフィエは関係ないムーヴですよね。ところがブダンノワールもブダンブランもアンドゥイエットも『料理の手引き』にちゃんと収録されてるんですよ。アンドゥイエットは既製品を使うことになってますけど。

その昔、80年代後半から90年代前半にかけてアンドゥイエットとかブダンノワールはフランスで食べないほうがいいとフランス語、フランス文学関係の日本人女子学生の間で有名だったのをよく覚えています。ポイントは短期留学とか旅行に関連した話題だったこと。日本のレストランでどうこうというのではなかった。そのくらい日本では知られてなかったものなんです。『料理の手引き』に載ってるのにね。

大昔の日本の料理は一子相伝とか口伝で部外秘のことも多いのに対し、ヨーロッパとくにフランスは料理書というかたちでレシピが公開されてきた、みたく対比で語られることが多いですね。こういうステレオタイプを持ち出すまでもなく、日本では現場修行がとかく重視されてるみたいですしね。厨房で身体で覚えたことだけが正しい、って。「この本にはこういう事が書いてあって……」みたいなことを話したら「そういうの、自分は読まないんで」とキレ気味に返してきた料理人さんは何人かいましたね。よっぽど本が嫌いなんでしょうね。ましてや料理書のバイブルとされるエスコフィエ『料理の手引き』なんて、と(笑)。

--- 『料理の手引き』不要説ですか?

まさかそんなことないと思いたいけど、客観的に現状を見たらそうなのかなぁ……

僕みたいな料理の素人は「プロだったら読みこなしていて当たりまえ」と思ってたけど、とんでもない勘違いだったのも事実だし。

『料理の手引き』は小さな個人経営の店から大規模なホテルの厨房までを対象に、フランス料理だけじゃなくイギリス料理、イタリア料理、ロシア料理などを包括的に扱っているインターナショナルなガストロノミーの教科書なんです。しかも大量の知識、情報をシステマティックに圧縮している。きわめて汎用的です。これって場合によってはオーバースペックなのかもしれません。

オーバースペックって嫌われやすいというか受け入れられにくいんですよね。ビデオテープのVHSとベータの規格競争、WindowsとMacintoshの争いとかスペックの高いほうがむしろ負ける傾向にある。

それでも「料理の手引き」は名著ですし、料理書の金字塔です。モンタニェのラルース・ガストロノミックはむしろ『料理の手引き』の補完的な事典だし、アリバブは偏りがある。ペラブラはブルジョワ料理色が強すぎる。あと思いつくのはきれいな写真満載の豪華本か職業リセの教科書くらいでしょうか。どれか1冊といったらやっぱりエスコフィエってなっちゃうんじゃないでしょうかね、いまだに。

--- そこでようやく、充実した注を付けた訳本が出た。

フランスのホテル学校、職業リセでつかわれている教科書にはエスコフィエででてくる食材、料理の一部をていねいなプロセス写真付きで懇切丁寧に説明してるものがあります。それもかなり体系的に構成されてるからすごいです。つまり基礎として学ぶべきことをしっかり抑えているわけです。いっぽうで、これは僕の友人である料理人が言ってたんですけど、日本ではエスコフィエをすごいすごいと口先でいうけど表面的なことばかりにとどまってるらしい。僕は料理界のことをよく知りませんが、もしそうだとしたら残念なことです。

でも、エスコフィエ「料理の手引き』は西洋料理についていうなら知識とアイデアの宝庫ですよね。そこに異論はないと思います。だったら口先ですごいというだけじゃなく、無条件にエスコフィエという歴史上の偉人を崇拝するだけじゃなく、きっちり読み込んで活用しないテはないと思います。

レシピに書いてあることをそのままなぞって作るだけじゃなくて、その料理の本質を理解して自分のやりたいようにやるためのヒントにする。知識にしばられるんじゃなくて、好き勝手にやるために知識を利用してやる、くらいの気持ちで読みこなし、使いこなしてほしいですね。

そういう意味でも「日本におけるエスコフィエ『料理の手引き』受容がここから始まる」のを期待したいです。(© 2023 Manabu GOTO)

 

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