以前から気になっていたのだが、このサイトのアクセス解析によると妙に「デクリネゾン」の検索語でのアクセスが多い。ひょっとしたらと Google で確かめてみたら「食べ物の格変化」と題した随分前の投稿がかなり上位に表示されている。たんに「デクリネゾン」という料理用語についてさらっと説明しているだけの、正直なところ面白くもなんともない投稿だ。SEOなどと言って、いかにして Google で上位に表示されるかに腐心するのが馬鹿馬鹿しくなる程だ。
アクセスが増えるのはまことに結構なことなのだが、「デクリネゾン」などという検索語で、大して面白くもないエントリが上位に入っているというのは、裏を返せば「デクリネゾン」というカタカナ語の意味がわからない状況がしばしばあるということと、少なくとも日本語の WEB 上ではこの語のわかりやすく簡単な説明がほとんどない、ということを意味しているだろう。
後者については、べつに大した事ではない。WEB でなくとも、日本語の辞書、事典などがあるわけだから「知りたいなら調べればいい」と言えば済むことだ。
さて、気になるのは「デクリネゾン」などというおよそ一般にはあまり浸透していないであろうフランス語由来のカタカナ表現を目にするケースがそんなに多いのか? ということだ。
Google Analytics でこのサイトへアクセスした検索語を見ると、「デクリネゾン」が何と7.72%もある。それどころか、「デクリネゾン」を含む他の検索文字列が上位10のうち半数を占めている。「デグリネゾン」などという「バケット」や「ブータン」の仲間もあるが… さて、この解析ツールはあまり精度が高くないらしく、検索語不明が55%あるが、そのことを差し引いて考えてもちょっと多すぎるような気がする。
そもそも「デクリネゾン」などと言っても、トラディショナルな料理名でもなければ、特定の調理法を指しているわけでもない。たんに、ひとつの素材を何種類かの異なる仕立てで調理してまとめて提供するだけのことだ。
だから、たとえば
Déclinaison d’asperges vertes フランス語はいいとして、これに対する日本語の料理名として
グリーンアスパラガスを○種の調理法で あるいは
グリーンアスパラガスのバリエーション とか
グリーンアスパラガスづくしの一皿 などでいいわけだ。
似たような例で「エミエテ」という検索語でのアクセスも多い。このブログで「エミエテ」という語自体はこれまで使ったことが一度もなかったにもかかわらず。
検索語だけで想像するに、おそらくはフランス語の émietter (細かくする、過去分詞は同じ発音で émietté)だろう。たとえば
crabe émietté (ほぐし身にした蟹)
のように使う。料理用語としては珍しくもないが、正直なところ、日本語として一般的とは到底思えぬ。
それはともかく、déclinaison というフランス語自体、料理用語として定着する以前は文法用語(とりわけラテン語)と、物理・天文用語として使われていたに過ぎない。ラテン語はその昔、フランスの知識人のたしなみのようなものだった。だから、たとえばアスパラガスをただ茹でただけのもの、グリルしたもの、ピュレにしたもの etc. を一皿にのせて「アスパラガスのデクリネゾンでございます」と言って出せば、アスパラガス asperges という名詞が形態変化をしていると一見して分かるから、確かにラテン語の名詞が格変化(デクリネゾン)しているみたいだ、と、皿を出されたほうもにやりとする。この料理用語が déclinaison (名詞の変化)であって conjugaison (コンジュゲゾン、動詞の活用、主語によって動詞の形が変化すること)ではない理由はそこにあるのだろう。
そういう意味で、前にも書いたが、déclinaison という単語に「インテリっぽい」印象がかつてはあったかも知れない。
だが、難しい語、概念を誇らしげにむやみに濫用するのはスノビズムと言う。ひとは知らない言葉の多い文章は読みたがらないものだ。ましてや外国語由来のカタカナが多ければなおさらだ。場合によっては居心地の悪さを感じることだってあるかも知れない。僕の書く文章が「難しい」と言われ、敬遠されがちなのもそのせいだろう。自戒を込めて書き記しておく。