山うずら perdrix (ペルドリ)…カタカナだと「ペルドロー」と呼ばれることも多いが、perdreau はその年に生まれた若いペルドリのこと。

ペルドリは羽の色で灰色と赤の二種がある。中世から猟鳥として好まれた。

シャルル・ペローの「長靴をはいた猫」(17世紀)でも、猫が「ふすま」を餌に罠を仕掛けて「鷓鴣しゃこ」を獲る場面があるが、それがペルドリ。厳密に言うと「しゃこ」とペルドリは違う種類らしい。食文化史的にはこの場面のポイントはもうひとつ、「ふすま」を餌に使用するということ。ふすまは主として小麦の外皮部分だから、コメの「糠」に相当するけれど、「ふすま」を餌に出来るということは、それだけ小麦粉の精白度合いが高くなった時代背景があることを意味している。小麦を粉にするにはいろんな方法があるが、水車を同量く石臼を回して粉にして、それをふるいにかけるという方法が代表的だろう。

19世紀、スタンダール『赤と黒』の冒頭で、粉屋の息子ジュリアン・ソレル(主人公)が、小麦粉まみれで真っ白になっている描写がある。この時代になると小麦の精白度合いはかなり高くなっていたわけだ。だから『赤と黒』は赤が軍服、黒が僧服を意味していると解釈するのが一般的だが、もうひとつ、粉屋の「白」もあったのだが、それでは小説にならないと作家は考えたのだろう。主人公を長男でないために粉屋の跡を継げないという、「長靴をはいた猫」と似たような設定になっている。

ちなみに、perdrix blanche, perdrix de neiges というと山うずらではなく「雷鳥全般」のこと。perdrix de mer は「アジサシ」、perdrix d’eau はソール(舌びらめ)やペルシュ(パーチ)を意味する場合もある。

山うずらといえば、ちりめんキャベツを使ったシャルトルーズ仕立てが有名だが、この料理は19世紀前半のボヴィリエが初出だったように記憶している。もちろんカレームの『19世紀フランス料理』にも出てくる。ただし、いずれも「シャルトルーズ」の語は料理名に使われておらず、たんに「山うずらとちりめんキャベツ」となっている。

注意してほしいのは、シャルトルーズというのは「仕立て」を表わす語であって、その仕立てはカレーム、エスコフィエを読むとわかるが、複数の種類の野菜とファルスを使う。だから、ペルドローとちりめんキャベツだけの組み合わせでシャルトルーズなんて謳うと、とんだ恥をかくことになる。

山うずらとちりめんキャベツの取り合わせで僕が知るなかでもっとも古い料理は17世紀ラ・ヴァレーヌのもの。

山うずらとちりめんキャベツのポタージュ 山うずらを掃除したら背脂のシートで胸をくるみ、腿を折り畳んで固定する。下茹でしてから別鍋に移し、ブイヨンを注ぐ。ちりめんキャベツを用意し、山うずらとともに煮る。火が通ったら溶かした背脂少量を加え、クローブ、こしょうで味付けする。パンを加えて弱火で煮込む。仔牛胸腺肉か、仔牛の腸詰を添えて供する。

ポタージュの概念がいまと違うことに注意。17世紀は、ポタージュが汁を味わう料理へと変遷しはじめた時代だが、ラ・ヴァレーヌの場合は中世的なポタージュつまり「煮込み」のニュアンスが強い。

それから、ちりめんキャベツは加熱に時間がかかるのであらかじめしっかり下茹でしておくべきだろう。もっとも、強い霜にあたったものであればすぐに火が通るから、下茹でが不要な場合もある。

ところで、日本の料理人さんはちりめんキャベツというととにかく緑の濃いものを望む傾向にあるが、そもそも結球野菜は、結球内部に日光があたらないわけだから内部まで緑が濃いなどということはあり得ない。ちりめんキャベツの場合は結球内部が黄色いのが品種として正しい姿。それに、結球野菜は外葉で光合成した養分を結球内部の葉に貯め込むわけだから、美味しいのは結球の中(黄色)のほうであって、緑色をした外側ではない。もちろんこれは理屈のうえでのことに過ぎず、どんな食材でも、料理する者や食べ手の主観、もっと言えば先入観によって「美味しさ」はかなり左右される。

もうひとつ、日本の白菜の品種には内部が黄色い「黄芯」と呼ばれるタイプのものが多いが、もともと中国から導入されたチーフー系品種はあまりきれいな黄色にならないので、きれいな黄色を出すために育種過程でちりめんキャベツが交配されているそうだ。