画像は仮名垣魯文編『西洋料理通』1872年(明治5年)、下巻、「スチュードポークマツトンビーフウイール 豚綿羊牛肉并に小牛肉の蒸物」のページ。
大意は…
豚肉、羊肉、牛肉および仔牛肉のシチュー
材料…
肉…1.2kg(12枚に切る)
塩、こしょう
葱…2切
砂糖…小さじ1
作り方…
材料を蒸鍋に入れて10分加熱する。小麦粉を振り入れて1.8Lの冷水を注ぎ、静かに加熱する。豚肉、羊肉の場合は2時間、牛肉は3時間、仔牛肉は1時間半。
ここで面白いのは、おそらく英語の stewed porc… を「蒸物」と訳しているところ。作り方を見ると、ごくシンプルなラグゥで、蒸してはいない。原文にある「蒸鍋」もおそらく stew pan の訳だろう。
英語の stew の語源は古フランス語の estuver(現代フランス語 étuver エチュヴェだが、元々の意味は「蒸し風呂に入る、熱い風呂に入る」)なのだが、まるでそのことを踏まえたかのような訳語だ。あるいは当時の英語では stew に「蒸す」という意味があったのだろうか?
魯文の『西洋料理通』と同じ年に出版された敬学堂主人著『西洋料理指南』には「兎の葡萄酒煮」や牛舌の煮込みはあるが、シチューに類する言葉は見当らないようだ。ちなみに、この本は日本語で記された最初期の「カレー」の作り方で有名だ。
少し時代が下って1888年(明治21年)のマダーム・ブラン述、洋食庖人著『軽便西洋料理法指南』。
シチューソースの作り方
深い銅鍋に脂を少し入れ、弱火にかけて溶かす。ここに小麦粉をドロドロになるくらいまで入れ、へらで20〜30分間絶えずかき混ぜながら、だんだん色付いて濃い鳶色になるまで加熱する。ここに牛肉のスープ(ブイヨン)または二番のスープを注いで薄くのばして煮上げる。表面に浮かび上がってくる泡、脂をレードルですくい取ること。一般的なシチューはこのソースで煮て作る。
この後に「牛肉シチウ」「鶏肉シチウ」「舌のシチウ」「搗肉(ミートボール)のシチウ」と続くが、基本的にはこの「超簡略版ソース・エスパニョル」とでも呼ぶべきもので肉を煮込む。
シチューは「シチウ」であって、漢字を使った訳語などはあてられていない。
いずれにしてもこんにち「シチュー」と日本で呼ばれているものとは趣が異なるように思う。
日清戦争後の1896年(明治29年)「日用百科全書 第13編」として刊行された『西洋料理法』(帝国ホテル庖丁長吉川兼吉が序文を寄せている)に収められた「スチユービーフ」も見ておこう。
牛肉2斤(1.2kg)を用意し、これを1寸(3cm)程の大きさに切って鍋に入れる。水を材料がかぶる位まで注ぎ、弱火で2時間煮る。鍋にしっかりと蓋をし、火から外してそのまま半日置く。再び火にかけて、ねぎ2個、パセリ4〜5茎を細かく切って加える。塩、こしょう、セイボリーを入れて半時間煮てから、トマトを加えて混ぜ、仕上げに小麦粉少々を水に溶いたものを混ぜて汁を濃くする。また、これに葡萄酒半杯を加えればより美味しい。
ブイヨンを使わないこと、とろみ付けは最後に行なっていること、トマトを加えること、が上で引用した2つと異なるポイントだろう。ただ、水をブイヨンに、水溶き小麦粉をルゥに置き換えたら、こんにちの家庭料理の一般的なシチューの作り方と大きな違いはない。とても現実的で合理的な手順になっている。
ところで、いわゆるホワイトシチューは高度成長期に学校給食と「シチューの素」によって全国的に普及したという。このあたりについてはハウス食品のサイト「シチュー資料館」がコンパクトにまとまっている。ただ、あくまでも日本の家庭料理を軸足に置いているためだろう、魯文などへの言及はない。