ブフ・アラモード

アラモード(à la mode)という表現には2つの意味がある。ひとつは「流行の、おしゃれな」、もうひとつは「〜の流儀で」。料理名として、後者は Tripes à la mode de Caen (トリップ・アラモード・ド・カン、カン風トリップ)が代表的だろう。前者については Boeuf à la mode (ブフ・アラモード)がよく知られている。Boeuf mode (ブフ・モード)といもいう。大きな牛塊肉の比較的シンプルなブレゼだ。直訳すると「流行の(おしゃれな)牛(肉料理)」という意味になるが、もちろんいまの流行ではない。

とても古くからある料理だが、やはりエスコフィエ『料理の手引き』のレシピをひとつの完成形と見るべきだろう。

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ラグゥのこと

普段あたりまえのように使っている言葉でも、よく考えてみたら正確な意味がわかっていないことは珍しくない。ラグゥ ragoût もそのひとつだろう。

日本では一般的に、「煮込み、シチュー」くらいの理解だろう。あるいは、フランス料理ではないがパスタソースのイメージが強いかも知れない。

もちろん、大抵はそのくらいの理解でいいのだが、古い料理書を読む場合、それでは足りない。たとえばカレーム。未完の大著『19世紀フランス料理』L’art de la cuisine française au XIXe siècle のラグゥには、ソースと具材を合わせるだけ、つまり煮込まないものがたくさんある。

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オマールのラグゥ(ピエール・ド・リューヌ)

17世紀のピエール・ド・リューヌ『新・料理の本』Pierre de Lune, Le nouveau cuisinier, 1660. から。フランス語で書かれたオマールのレシピとしてはもっとも古いもののひとつ。

オマールは小さな布で包んで動けないようにし、陶製の鍋に入れる。これをオーヴンに入れて加熱する。火が通ったらオマールの身を取り出し、切り分ける。フライパンにバターを熱し、細かく刻んだ香草、シブゥル1本を切らずに加えてオマールを炒める。塩、こしょう、ナツメグで調味する。オマールのみそとローズヴィネガーまたはオレンジ果汁を合わせてソースにする。

Bouchez le homard avec un petit linge, et le mettez dans une terrine, le faites cuire au four, étant cuit vous tirerez la chair et la mettrez par morceaux, la passerez à la poêle avec beurre, fines herbes bien menues, une ciboule entière, assaisonnez de sel, poivre, muscade, faites sauce avec le dedans du homard, un filet de vinaigre rosat ou jus d’orange. (pp.117-118)

カレームのナヴァラン

カレーム『19世紀フランス料理』L’art de la cuisine française au XIXe siècle では、ナヴァランという名称の料理が羊肉の煮込みではなく、オマールのラグゥであることは前に記した。以下、実際のレシピを見ていくことにする。

オマールのエスカロップのラグゥ ナヴァラン

オマールはシャンパーニュで茹で、身をエスカロップに切る。マッシュルームのピュレを加えたうなぎのクネル(小)を12個作り、魚のブイヨン1でポシェする。魚料理用ソース・フランセーズを作る。ここにマッシュルーム2籠と牡蠣(身のみ)2ダースを加える。ラグゥを煮立たせてから、上でポシェしたクネルの水気を切って皿に盛り、ラグゥを覆いかける。オマールの身は溶かしバターを入れたソテ鍋で弱火で温め、ラグゥの上に数切れずつまとめて盛り付ける。ソースの残りはソース入れに移して別添で供する。(t.3, p.212)

エスカロップと言えば仔牛だが、魚介についてもこの表現は用いられる。基本的には「薄切り」だが、薄さにこだわってはいけない。仔牛のエスカロップだって厚さ1〜2cmには切る。仔牛肉の場合、ぺらぺらに薄いのは叩いてのばしているから。エスカロップという切り方のポイントは「楕円形」であること。だから、オマールの場合は斜め切りにして多少なりとも面積を出すようにする場合が多いようだ。

エスカロップの語源は écale (エカール 胡桃の殻)。楕円形であるというのは、その意味を引きずっているためだろうか。現実にはたんに薄く切っただけで名状しがたい形のものであってもエスカロップと呼ぶことは多いが、本来は楕円形という一種の約束事があるのは頭に入れておきたいところ。

このレシピで注意したいのは、このラグゥは必ずしも「煮込み」とは言えないことと、必ずしもそれ自体で完結した皿になるわけではない、ということだ。既に書いたように、カレームの場合、ラグゥはガルニチュールとソースを合わせたものと考えるのが基本。エスコフィエだとソースとガルニチュールで章を分けてそれぞれに記述するところだ。つまり、これは何らかのメインとなる食材に添えるソースとガルニチュールということになる。実際、「ルゥジェのナヴァラン」 Grosse pièce de rougets à la Navarin という料理が第2巻にある(p.171)。エクルヴィスバターを加えたメルランのファルスでルゥジェを覆い、このオマールのラグゥ ナヴァランを合わせたものだ。

とはいえ、すぐ後の時代、19世紀後半になるとオマール・アメリケーヌという料理が大流行する。これも一種のラグゥだが、もちろん独立した料理として扱われた。だから、カレームのラグゥについても、原典ではガルニチュール+ソース的な位置付けだったということさえ踏まえていればいいだろう。

なお、エスコフィエはオマール・アメリケーヌを独立した一皿としてディナーで提供するよりは、舌びらめなどに添えるガルニチュールにするとよい、という内容を『料理の手引き』第1章、ソース・アメリケーヌの項で書いている。カレームの時代に逆戻りしているようで面白い。

さて、オマールのナヴァランのレシピを理解するには、ソース・フランセーズなるものを見ておかねばならない。すると、魚料理用ベシャメルソースのレシピにも目を通すことになる。

魚料理用ソース・フランセーズ

湯煎鍋に魚料理用ベシャメルソースを入れ、沸騰寸前になったら、にんにく1片、おろしたナツメグ少々、マッシュルームエッセンスを加える。提供直前にひと煮立ちさせたら、エクルヴィスバターを加えてロゼ色に仕上げる。(t.3, p.57)

魚料理用ベシャメルソース

中位の大きさのバルビュ21尾の皮を剥いてフィレにおろし、小さめのエスカロップに切る。大きめのソテ鍋にエスカロップに切ったバルビュの身と、イジニー産バター12オンス3、玉ねぎ2個、にんじん2本、マッシュルーム2籠、根パセリ4本 (野菜はいずれも薄切りにしておく)を入れ、ローリエ少々、タイム少々、バジル少々、メース少々、粗く砕いたこしょう少々、おろしたナツメグ少々を加える。鍋を弱火にかけ、木べらで混ぜながら10分間加熱する。小麦粉レードル2杯を加え、完全に混ぜ合わせる。生クリーム3パント4を少しずつ加えていく。25分間弱火で煮詰めるが目を離さないこと。布で絞り漉し、陶製の器に入れておく。(第3巻、p.32)

ベシャメルソースを小麦粉+バター+玉ねぎ+牛乳+香草、くらいに思っていると大きく間違うことになる。たしかにエスコフィエにはそういうのも出ている。だが、それはあくまでも「簡易版」であって、きちんと作る場合、肉料理用なら仔牛肉を使うことになっている。そもそもエスコフィエのベシャメルはあくまでも基本ソース、つまり派生ソースに展開するためのベースに過ぎないことを忘れてはいけない。単体で使うことは想定されていないと考えるべきものだ。

カレームの場合もベシャメルは「基本ソース」なのだが、それでもかなり贅沢なものだ。魚料理用ではない「通常の」ベシャメルのレシピも見ておくべきところだが、ヴルゥテおよびソース・アルマンドとまとめて記述された長いものであるため、今回は割愛する。ベシャメルはヴルゥテを作る作業の途中で派生するものとして説明されていることだけ記しておく。


  1. 原文は「肉を使わないブイヨン」bouillon maigre 
  2. 鰈の近縁種 
  3. 昔の重さの単位。1オンスはパリでは旧1リーヴルの16分の1 (30.594g) 
  4. 昔の量の単位。1パントはパリでは0.93リットル。 

ラ・ヴァレーヌのラグゥ(14)

66. 猪肩肉のラグゥ仕立て Epaule de sanglier en ragoût

猪肩肉に棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、大きな釜に水をいっぱいに張って、塩、こしょう、ブーケガルニで煮る。このとき味をつけすぎないように注意。煮汁をよく煮つめてソースにするからだ。半ば煮えたら白ワイン1L弱1を注ぎ、クローブ、ローリエ、ローズマリー1枝を加える。よく煮えて、煮汁が煮つまってきたらとろみを付ける。とろみ付けの方法は以下のとおり。(フライパンに)豚背脂を熱して溶かし、小麦粉少々を炒める。玉ねぎ1個を細かいみじん切りにして加え、さらに軽く炒める。これをソース(煮汁)に加えてとろみを付ける。さらにケイパーとマッシュルームを加えて弱火で煮る。味をととのえる。
Lardez la de gros lard, puis la mettez dans une chaudière pleine d’eau, avec sel, poivre, et un bouquet. Prenez bien garde de ne la trop assaisonner parce qu’il faut réduire le bouillon à une sauce courte. Etant plus de moitié cuite vous y mettrez une pinte de vin blanc, du clou, et une feuille de laurier ou un bâton de romarin: puis étant bien cuite, et la sauce courte, vous la liérez: Et pour ce faire faites fondre du lard et y passez un peu de farine, puis mettez y un oignon aché bien menu, faites lui faire un tour ou deux de poêle, et le versez dans votre sauce, que vous serez mitonner avec câpres et champignons, et le tout étant bien assaisonné servez.

とろみ付けの方法を比較的詳しく書いてある点が重要。小麦粉を脂で炒めたものを加えてとろみを付けているわけで、いわば「ルゥ」の原型である。ただしここでは「ルゥ」roux という語は用いられていない。roux はもともと「赤褐色(に焦げたもの)」のこと。長時間色付くまで炒めることでソースの色をコントロールするようになるのはもっと後の時代になってから。

こんにちルゥはバターと小麦粉を炒めて作るのが一般的だ。たしかに、カレーム『19世紀フランス料理2』でも、エスコフィエ『料理の本』でも、ルゥを作るのにはバターを用いるよう書いてある。ところが『料理の本』の初版(1903年)では「獣脂またはバター」となっていた。また、料理学校コルドン・ブルーの初代主任教授ペラプラの『現代の料理』L’art culinaire moderne, 1935 では、ソース・ドゥミグラスの項でルゥは「獣脂(バターは使わないこと)と小麦粉を弱火で炒めて作る」(p.115)と説明されている。ルゥにつねにバターを使っていたわけではないのだ。

ところで、煮汁をかなり煮つめていることも、とろみを付けるのに一役買っていると言えよう。20世紀後半以降、ソースのとろみ付けにルゥはほとんど使われなくなり、かわりに、煮つめることでとろみを付けるのが主流だ。「レデュクシオン」などと気取って言う人も少なくないようだが、要は「煮つめる」ということだ。これもラ・ヴァレーヌ以前の中世の料理書にはあまり出てこない方法だということは記憶に留めておきたい。

ついでに、猪のレシピを中世の料理書、ギヨーム・ティレル(タイユヴァン)『ル・ヴィアンディエ』から拾ってみると

生の猪肉。ワインを加えた湯で茹でる。ソース・カムリーヌ3、ポワーヴル・エグレ4食する。塩漬けの猪肉はマスタードで食する。
Venoison de sanglier frez. Cuit en vin et en eaue, à la cameline et au poivre aigret; le salé, à la moutarde. (Le Viandier, Pichon et Vicaire éd., p.220)

『ル・メナジエ・ド・パリ』に出ている猪の調理法も似たようなもので、茹でて何らかの「ソース」を添えるだけだ。中世料理の場合、ソースとはいってもむしろ「コンディマン condiment」に近い。

こうしたごくシンプルな中世のレシピと比べると、17世紀にラグゥが「美味しいもの、食欲をそそるもの」の代名詞として流行したのがよくわかるような気がする。


  1. 原文 une pinte 約0.93L 
  2. t.1, p.55 
  3. 中世の代表的な「ソース」。いくつか種類があるが、焼いたパンを赤ワインに浸したものにヴィネガー、シナモン、しょうが、クローブ、メース、こしょうを加えて裏漉しする。 
  4. こしょうとヴェルジュ(未熟ぶどう果汁)または野生のりんごを合わせたソース。 

ラ・ヴァレーヌのラグゥ(13)

59. アルブランのラグゥ仕立て Halbran en ragoût

アルブランは掃除をし、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れてブイヨンを注ぎ、ブーケガルニを加えて煮る。しっかりと味付けしておく。よく煮えたらソース(煮汁)にしっかりとろみを付ける。ケイパー、マッシュルーム、トリュフを混ぜ込む。
Etant habillez passez les par la poêle, puis les mettez mitonner dans une terrine avec bon bouillon et un bouquet, le tout bien assaisonné: étant bien cuits et la sauce bien liée, mettez y câpres, champignons, truffes, et servez.

アルブランは野生の鴨のうち、その年に生まれた若いもの。

60. 揚げた羊舌肉のラグゥ ベニェ仕立て Langue de mouton frite en ragoût et beignet

羊舌肉は縦半分に切り、フライパンで焼く。しっかり味付けする。平鍋に移し、ヴェルジュとナツメグを加える。小麦粉少々を用意し、卵と舌肉の煮汁で溶く。この生地に舌肉を投入し、(フライパンに)溶かした豚背脂またはラードで焼く。パセリひとつかみを加える。パセリは緑色を失なわないように注意。そのまま、またはマリナードとソース(煮汁)の残りを添えて供する。
Prenez vos langues et les fendez par la moitié, puis les passez par la poêle, et les assaisonnez bien. Mettez les ensuite dans un plat avec verjus et muscade: Prenez après peu de farine et la délayez avec un oeuf, et la sauce qui est dessous vos langues, que vous jetterez dans cet appareil: faites la frire avec du lard fondu ou du saindoux: Etant frite jetez dans la poêle une poignée de persil, et faites en sorte qu’il demeure bien vert, servez les seiches ou bien avec une marinade et le reste de votre sauce.

フライパンで表面を焼いた後、煮ているわけだが、ヴェルジュとナツメグしか加えないというのは考えにくい。多少なりともブイヨンを注ぐと考えたほうがよさそうだ。

作業の流れから、frire は「揚げる」ではなく「焼く」とした。そもそも frire という語は油脂の量が多いか少ないかはあまり問題にしない。ただ、「衣」をつけているわけだから、あまり油脂の量が少ないと具合が悪そうだ。「揚げ焼き」なる日本語もあるようなので、置き換えて読んでもかまわない。

パセリはフライパンに投入するという指示で、つまりは火を通すということだが、みじん切りなら皿に盛ってからでもよさそうな気もするし、ちぎっただけのものなら軽く火を通したいというのもわかる。なお、パセリは葉がちぢれる persil frisé (ペルシ・フリゼ)いわゆるモスカールドと、葉が平たい persil plat (ペルシ・プラ)いわゆるイタリアンパセリがこんにち一般的だが、18世紀のド・コンブル『菜園の学校』De Combles, Ecole des jardins potagers, 1749 という本ではパセリは6タイプに分けられており、ペルシ・フリゼの記述は相対的に少ない。「ペルシ・フリゼは一般的なパセリ(persil commun ペルシ・コマン = ペルシ・プラ)と同じ味で栽培方法も同じだが、霜にかなり弱く、しおれやすいため、栽培は少ない」(p.392)とあることは留意しておきたい。

61. 仔牛レバーのラグゥ仕立て Foie de veau en ragoût

仔牛レバーに棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し込む。ブーケガルニ、オレンジの外皮、ケイパーを加え、しっかり味付けして煮る。充分に煮えたら煮汁(ソース)にとろみを付け、レバーはスライスして供する。
Lardez les de gros lard, et le mettez dans un pot bien assaisonné avec un bouquet, écorce d’orange, et câpres; puis étant bien cuit, et la sauce liée, coupez le par tranche, et servez.

この本の他のレシピを読んでいればどうということもないのだが、これだけ抜き出したら、どう作ったらいいのかわからないかも知れない。かなり不親切な記述だ。

ラ・ヴァレーヌのラグゥ(12)

52. 羊背肉のラグゥ仕立て Côtelettes de mouton en ragoût

羊背肉は切り分けて叩く。小麦粉をまぶし、フライパンで焼く。別鍋に移し、ブイヨンを注ぎ、ケイパーを加えて煮る。しっかり味付けする。
Découpez les, puis les battez et enfarinez, les passez ensuite par la poêle, étant passées mettez les avec bon bouillon et câpres, et le tout bien assaisonné, servez.

55. 仔兎のラグゥ仕立て Lapereaux en ragoût

鶏と同様にフリカセしてもいいし、フライパンで焼いて少量の小麦粉を加えてもいい。鍋に移し、ブイヨンを注いで弱火で煮る。ケイパー、オレンジ果汁またはレモン汁、ブーケガルニまたは香草を加えて味付けする。
別の作り方
仔兎をローストし、切り分ける。これをフライパンで焼き、平鍋に移して弱火で煮る。オレンジ果汁、ケイパー、パン粉少々を加える。ソースはしっかり味付けし、よく煮つめること。
Vous les pouvez fricasser comme poulets, ou les passer par la poêle avec un peu de farine, puis les mettez mitonner avec bon bouillon, et assaisonnez avec câpres, jus d’orange ou citron, et bouquet ou ciboule.
Autre façon
Lorsqu’ils sont rôtis découpez les en pièces, les passez par la poêle et mettez mitonner dans un plat avec jus d’orange, câpres, peu de chapelure de pain: sauce de haut goût et courte, servez.

冒頭をカタカナ混じりで直訳すると「鶏と同様にフリカセしてもいい」となる。フリカセ fricasser という動詞はすでに見たように「油脂を熱した鍋に素材を入れて強火で焼く」ことだ。この場合、ou 以下の「またはライパンで表面を焼き小麦粉少々を加える」とまったく同じ意味である。つまり、この接続詞 ou の用法は「同格」と解釈される。

その一方で、この本には「鶏のフリカセ」Poulez fricassés (直訳すると「フリカセした鶏」)があるので、そちらも気になるところだろう。鶏のフリカセの場合は切り分けた鶏肉をブイヨンで茹でてから強火で焼くというプロセスになっている。肉を下茹でしてから焼くというのは中世ではごく一般的な手順だった。また、とろみ付けに卵黄を用いるとなっており、小麦粉を使うとは書いていない。上の訳はこの解釈による。

「別の作り方」ではローストしてから切り分け、さらにフライパンで焼く手順になっている。おそらく、豚背脂のシートで素材を包んで (バルデ barder) ローストすると解釈するのがいいだろう。実際、火の通り具合をコントロールする目的で豚背脂のシートで素材を包んでローストするのはごく一般的におこなわれていた。

ラ・ヴァレーヌのラグゥ(11)

51. のろ鹿腰肉のラグゥ仕立て Longe de chevreuil en ragoût

拍子木に切った背脂を表面に沢山刺す(ピケする)。串刺しにしてローストする。半ば火が通ったら、こしょう、ヴィネガーとブイヨン少々を焼きながらかけてやる(アロゼする)。ソースにとろみを付ける。
Lorsqu’elle est bien piquée, mettez la à la broche, puis étant à moitié cuite arrosez la avec poivre, vinaigre et peu de bouillon: faites lier la sauce, puis servez.

ラグゥと謳ってはいるが、むしろ中世のドディーヌ(dodine)に近いレシピ。素材を串に刺してローストする場合、火の横(フランス語では devant 前、と表現することが多い)に台を据えて焼くことになる。肉汁や脂が滴り落ちるので、下には受け皿がある。この受け皿にたまった肉汁と焼き脂をベースにしたソースが中世のドディーヌだ。ギヨーム・ティレル(タイユヴァン)『ル・ヴィアンディエ』には3種類のドディーヌが出ている。ただし、『ル・ヴィアンディエ』のドディーヌはいずれも鴨のロースト用のソース。なお、エスコフィエ『料理の手引き』のルーアン鴨のドディーヌ Caneton rouennais à la dodine au Chambertin (p.638)は中世のドディーヌとはまったく別の料理なので混同しないよう注意。

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図は14世紀のもの。焼いているのが鴨か鶏か鵞鳥かわからぬが、大きな匙で何らかの液体をかけている(アロゼしている)のがよく分かる。

さて、このレシピも中世のドディーヌと同様に、「こしょう、ヴィネガー、ブイヨン少々」を合わせたものを焼きながらかけてやり、下の受け皿にたまった汁をソースにすると解釈されよう。問題はソースのとろみ付けの方法だ。

『ル・ヴィアンディエ』のドディーヌはとろみ付けにパンを用いるものを卵黄を加えるものがあるが、ここではたんに「とろみを付ける」としか書かれていない。料理書としてはまことに不親切で、推測するほかない。この本では「脂で炒めた小麦粉」つまりはルゥの原型とも呼ぶべきものがしばしば使われているので、これを使うと解釈することも可能だろう。もちろん、中世のドディーヌと同様にパンあるいは卵黄を使うと考えてもいいかも知れない。

いずれにしても、「ラグゥ仕立て」という名称から、焼きあげた肉は串を外して皿に盛り、ソースをかけて供したと解釈されよう。

蛇足だが、フランス語の chevreuil (シュヴルイユ)は「のろ鹿」という小型の鹿の仲間を指す。日本のフランス料理では本州鹿やエゾ鹿をフランス語で chevreuil と書いていることが多いようだが、むしろ cerf (セール)としたほうが適切なように思う。

ピエール・ド・リューヌのラグゥ(2)

このところラ・ヴァレーヌ関連の投稿ばかりになっているが、これはピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)を読み解くための予備的な性格がつよい。言ってみればピエール・ド・リューヌが「本命」ということになる。

山うずらのラグゥ仕立て Perdrix en ragoût

山うずらは開いて平らにのばす。棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れて、ブイヨン、塩、こしょう、ナツメグで煮る。次に、フライパンでマッシュルーム、豚背脂、小麦粉少々を炒めて加える。グラス1杯の白ワイン、レモン汁を加えて煮上げる。仔牛胸腺肉と炒めたマッシュルームを添える。
Fendez les perdrix ou les aplatissez; les lardez de moyen lard, passez-les à la poêle et les faites cuire dans une terrine avec bouillon, sel, poivre, muscade, puis passez champignons à la poêle avec lard et un peu de farine; faites cuire tout ensemble avec un verre de vin blanc et jus de citron et mouton; en servant, garnissez de ris de veau, champignons frits1.

正直なところ、原文後半にある mouton がよくわからない。普通に考えたら「レモン汁と羊のジュ」となるのだが… とりあえず訳文では mouton は外してある。

さて、ラ・ヴァレーヌにも同じ料理名のレシピはあるが、シンプル過ぎていまひとつイメージが湧かないかも知れない。ピエール・ド・リューヌの場合は味付け、付合せについてもより具体的な記述になっている。文字通りの「再現」も不可能ではない筈だ。あるいは、現代風にアレンジ(再解釈)するのもいいだろう。自由に発想し、展開するための「想像力(創造力)のパン種」みたいなものと考えていい。ただ、そのためには原文をできるだけ正確に読解しなければならない。だからこそいっそう、mouton の語が解釈できないのは残念。

古い料理書の例にもれず、基本的に分量指定がない。ただ、山うずら perdrix が複数形であることと、17世紀の他の料理書に記された献立構成を考えると、少なくとも6人分以上を一度に調理したことは確かだろう。

とはいえ、一箇所だけ分量指定がある。「グラス1杯の白ワイン」だ。日本語で「カップ1杯」といえば200mlだが、エスコフィエなどではグラス1杯はおおむね80〜100ml。17世紀には具体的にどの程度の量だったかは分からないが、ニュアンスとしては若干量と捉えていいだろう。

ラ・ヴァレーヌとの比較で言えば、ラ・ヴァレーヌの「ラグゥ仕立て」には香辛料を使う指示がきわめて少ない。これに対して、こしょう、ナツメグという具体的な指示があるのが興味深い。逆に言えば、この料理ではこしょう、ナツメグ以外の香辛料はまったく入れない、というやや穿った解釈も可能だろう。

マッシュルームが煮汁にもガルニチュールにも使われているのもポイントのひとつと言えるかも知れない。ラ・ヴァレーヌでもマッシュルームは頻繁に使われている。マッシュルームは17世紀に人口栽培されるようになった。当時としては比較的目新しい、「プレミアム」な食材のひとつだった。

本文の記述からは外れるが、エスコフィエの、たとえばガルニチュール・フィナンシエールなどがひとつでも構成要素が欠けたり、他のもので代用すると成立しなくなってしまうほど厳密なものであるのに対し、17世紀の料理書の場合は、ラ・ヴァレーヌが「適宜ガルニチュールを添える」というようなかなりいい加減な調子だったことを考えると、ある程度は自由にイメージしていいように思う。そういう意味では、アーティチョークなどは16世紀以降きわめて好まれる食材で、ベアティーユにも含めることが多かったから、この「山うずらのラグゥ仕立て」のガルニチュールにアーティチョークも加えると愉しいように思う。


  1. L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995, pp.262-263. 

ラ・ヴァレーヌのラグゥ(10)

47. 仔牛もも肉のラグゥ仕立て Rouelle de veau en ragoût

棒状に切った背脂をラルデ針で差し込み、串を刺してローストする。半分よりやや火が通ったところで鍋に入れてブイヨン少々を注ぎ、ブーケガルニを加える。しっかり蓋をして弱火で煮込む。ソース(煮汁)はパン粉か小麦粉でとろみを付け、玉ねぎを加える。トリュフとマッシュルームを添える。
Lardez la de gros lard, l’embrochez et la faites cuire un peu plus de la moitié: puis la mettez mitonner avec peu de bouillon et un bouquet, et couvrez bien. Etant cuite servez avec une sauce liée de chapelure de pain ou de farine, et un oignon. Servez la garnie de truffes et champignons.

ローストしてから煮込み、とろみ付けにパンを用いているので、やや中世風の仕立てと言えよう。

48. 仔牛肩肉のラグゥ仕立て Epaule de veau en ragoût

仔羊肩肉は下茹でし、小麦粉をまぶす。脂を熱したフライパンで焼き、しっかりと色付いたら陶製の鍋に移して(ブイヨンを注ぎ)弱火で煮込む。いろいろな香味素材で作ったブーケガルニとベアティーユ、小麦粉少々、玉ねぎのみじん切り少々、ヴィネガー少々を加える。
Faites la blanchir et la farinez, puis la passez par la poêle, étant bien rousse mettez la mitonner dans une terrine. Etant presque cuite assaisonnez la d’un bouquet de toutes sortes, de béatilles, champignons, passez y un peu de farine, un peu d’oignon haché et un filet de vinaigre, puis servez.

ベアティーユ béatilles は鶏のとさか、仔牛胸腺肉、マッシュルームなどを合わせたもの。パテの詰め物にしたり、ガルニチュールとして料理に添えたりした。

49. 羊肩肉のラグゥ仕立て Epaule de mouton en ragoût

羊肩肉はよく叩き、皮は剥ぐ。小麦粉をまぶしフライパンで焼く。鍋に入れてブイヨンを注ぎ、ブーケガルニを加えて弱火で煮込む。しっかりと味付けする。ケイパーなどのガルニチュールを添える。
Battez la bien et en ôtez la peau: puis la farinez et passez par la poêle: ensuite mettez la mitonner avec bon bouillon, un bouquet et bon assaisonnement, garnissez la de ce que vous aurez; entre-autres chose de câpres, et servez.

「羊胸肉の煮込み」Poictrine de mouton en aricotと比べてみると面白い。