普段あたりまえのように使っている言葉でも、よく考えてみたら正確な意味がわかっていないことは珍しくない。ラグゥ ragoût もそのひとつだろう。

日本では一般的に、「煮込み、シチュー」くらいの理解だろう。あるいは、フランス料理ではないがパスタソースのイメージが強いかも知れない。

もちろん、大抵はそのくらいの理解でいいのだが、古い料理書を読む場合、それでは足りない。たとえばカレーム。未完の大著『19世紀フランス料理』L’art de la cuisine française au XIXe siècle のラグゥには、ソースと具材を合わせるだけ、つまり煮込まないものがたくさんある。

ラグゥ・フィナンシエール ソース・フィナンシエールにトリュフを加えて軽く煮る。提供直前に、マッシュルームと予め火を通しておいた鶏のとさか、鶏のロニョンを加え、ひと煮立ちさせる。バター少々と鶏のクネル、フォワグラのエスカロップ、仔羊胸腺肉を加える。半量をアントレの皿に盛る。ソースの残りはソース入れで別添とする(第3巻、p.146)

このラグゥは、ぜんぶまとめてことこと煮込んだら料理にならないだろう。ここでラグゥと呼ばれているものは、別にメインとなる食材を調理したものがあって、それに合わせるソース+ガルニチュールのことに他ならない。ソースの残りはソース入れて別添とすることによく表われている。ソースとガルニチュールのセットをラグゥと呼んでいるわけだ。

もちろん、カレームには羊と蕪のラグゥ ragoût ou haricot de mouton aux navets (第4巻, p.35)のようにことこと煮込むものもある。詳しくは次回書くつもりだが、これは現代の羊のナヴァランとほぼ同じものだ。ただ、ラグゥ・フィナンシエールのようなものも少なくないので注意が必要だろう。

ところで、ラグゥ ragoût という語をフランス語の大辞典で引くと17世紀頃から使われているらしい。そこで、17世紀の代表的な料理書、ラ・ヴァレーヌ『フランス料理の本』Le Cuysinier François (Le Cuisinier français) を見ると「ラグゥ仕立て」がたくさん出ている。肥鶏のラグゥ、山うずらのラグゥ、豚舌のラグゥ、羊舌のラグゥ、仔羊のラグゥ、鵞鳥のラグゥ、サルセル鴨のラグゥ、七面鳥のラグゥ、豚のラグゥ、仔牛背肉のラグゥ、仔牛と羊の足のラグゥ、猪肩肉のラグゥ…

もういちどフランス語の大辞典に戻ると、17世紀の有名な文学者の言葉がいくつか引用されていて、ラグゥは「食欲をかき立てる調味、ソース」とか「欲望を煽り立てるもの、満足させてくれるもの」とある。要するに、とても美味しいもの、というのが17世紀におけるラグゥの位置付けということになる。

実際、ラグゥ ragoût という語は ragoûter (ラグゥテ、食欲をかきた立てる)という動詞から派生したもので、ragoûter 自体は goûter (グゥテ、味わう)からの派生語だ。だからラグゥ ragoût は、語の成り立ちからすると「煮込み」という意味は含まれていない。

さて、17世紀はラグゥが大流行した時代で、ラ・ヴァレーヌの序文(「出版者による序文」)にも「ラグゥやその他の美味しい料理」en ragoust & autres delicatesses de viandes という表現がある。また、著者不明だが『ラグゥの学校』という本もこの時代に出版され、版を重ねている。

この本は『ラグゥの学校』というタイトルにもかかわらず、ラグゥという料理名のレシピはひとつも出てこない。この本ではラグゥ=美味しい料理、というごく一般的な意味で使われているわけだ。

これはやや極端な例で、ボワロ『風刺詩』には「いろいろな香辛料を加えたソースで作った料理、とりわけ肉料理」とある。ごく大雑把に言ってしまえば、ラグゥはやっぱりラグゥで、ソースと具材が一体化した煮込み料理と理解していいだろう。

もっと詳しく知るには、17世紀のラグゥのレシピをひとつひとつ検証していく必要がある。さしあたり、この時代にはとろみを付けるのに素材を炒めてから小麦粉を振り入れる方法(サンジェ)が一般化したという点で、とろみ付けにもっぱらパンを用いていた中世料理と異なっていることだけ記しておく。

(2014年9月)