アラモード(à la mode)という表現には2つの意味がある。ひとつは「流行の、おしゃれな」、もうひとつは「〜の流儀で」。料理名として、後者は Tripes à la mode de Caen (トリップ・アラモード・ド・カン、カン風トリップ)が代表的だろう。前者については Boeuf à la mode (ブフ・アラモード)がよく知られている。Boeuf mode (ブフ・モード)といもいう。大きな牛塊肉の比較的シンプルなブレゼだ。直訳すると「流行の(おしゃれな)牛(肉料理)」という意味になるが、もちろんいまの流行ではない。

とても古くからある料理だが、やはりエスコフィエ『料理の手引き』のレシピをひとつの完成形と見るべきだろう。

エスコフィエ

作業しやすいよう、2.5~3kgを超えない程度の牛イチボ肉を用いる。この重量で約20人分。 豚背脂350gをコニャックで20分間マリネし、こしょう、香辛料で味つけし、直前に刻んだパセリをまぶす。これをラルデ針でイチボ肉に刺し込む。 塩、こしょう、ナツメグ少量を肉にすり込む。これを赤ワイン1⁄2本とコニャック1dℓで5~6時間マリネする。 標準的なブレゼの方法で調理するが、煮汁にマリネ液を加える。さらに仔牛の足を小さいものなら3本、中位のものなら2本、骨を外して下茹でし、紐で縛って、鍋に入れる。 3⁄4程度火が通ったら、ひとまわり小さな鍋に肉を移す。小さなさいの目か長方形に切った仔牛の足と、バターで色良く炒めた小玉ねぎ400g、オリーヴ形に整形し固めに茹でたにんじん600gを肉の周囲に入れる。煮汁をシノワで漉してから浮き脂を取り除く。これを肉の入った鍋に注ぎ、弱火で火入れを仕上げる。 塊肉を皿に盛り、周囲につけあわせの野菜と仔牛の足をきれいに飾る。煮つめた煮汁をかける(Escoffier, Le guide culinaire, p.447)。

ここでは割愛するが、カレーム『19世紀フランス料理』の「ブフ・アラモード ブルジョワ風」もこれと非常に近いレシピになっている。18世紀ムノン『ブルジョワ料理』にある「牛イチボ肉とオランダ玉ねぎのブレーズ」Culotte à la braise aux oignons d’Hollande も名称こそ違うが、かなり近いと言える。

ラ・ヴァレーヌ

ブレゼという調理スタイルは18世紀以降のものだから、ブフ・アラモードをブレゼと捉えるならば歴史的に遡れるのはこのあたりまで。だが、料理名そのものは17世紀ラ・ヴァレーヌ『料理の本』が初出だ。

(牛イチボの塊は)よく叩き、棒状に切った背脂をラルデ針で刺し込む。鍋に入れてブイヨンを注ぎ、ブーケガルニ、各種スパイスを加えて煮る。煮汁が少なくなるまで肉を煮込む。ソースとともに供する。 Battez le bien et le lardez avec de gros lard, puis le mettez cuire dans un pot avec bon bouillon, un bouquet, et toutes sortes d’épices, et le tout étant bien consommé servez avec la sauce.

言葉足らずなレシピなので解釈が難しいが、料理名でたんに boeuf (牛肉)といっているのは pièce de boeuf (牛塊肉)のことであり、より具体的には culotte (イチボ)と考えていいだろう。問題は、この本のアントレの章にある煮込み料理(ラグゥの名称となっているかどうかにかかわらず)のほとんどが表面を焼く、とろみ付けに小麦粉を用いているにもかかわらず、このブフ・アラモードではいきなり「鍋に入れて煮る」となっていることだ。記述が省略されているのかどうかは正直なところ判断がつかない。

原文にある consommer はもともと「完成させる」の意だが、ここでは「完成するまで煮込む」「仕上げる」と解釈すべき。問題はその「完成」した状態がどのようなものか、ということだ。ラ・ヴァレーヌでは「煮汁(ソース)はしっかり煮つめること」のような記述が頻繁に見られるため、煮汁がそのままソースとなっていることから、かなり煮つめるものと理解した。

とするならば、このブフ・アラモードもまたラグゥのバリエーションのひとつと考えることも出来よう。ラグゥという言葉が料理書ではラ・ヴァレーヌが初出であり、17世紀に流行したことは既に述べたとおりだ。

あくまでも推測だが、

という図式が成り立つならば、ブフ・アラモードの「流行の、おしゃれな」とはラグゥのことを指しているということになる。

実際のところ、17世紀の「流行の」牛塊肉の料理は350年以上経った現代では「流行の」という意味は持ち得ない1。だから辞書によっては「牛塊肉に背脂を刺し、にんじんと玉ねぎを加えて味付けしたラグゥ2」という説明もある。

ところで、軽く火を通しただけの霜降り牛肉の角切りと野菜を盛合せた皿をブフ・アラモードと呼んでいるのを以前雑誌で見たことがある。料理は美味しければそれが正義だから何をどう作ってもいい。料理名にしたって、現実には「言った者勝ち」だからどう呼んでもかまわない。ただ、ブフ・アラモードはエスコフィエ的な「規範」に従えばあくまでも大きな塊肉のブレゼであり、初出のラ・ヴァレーヌを鑑みればラグゥということになる。こういった歴史を踏まえているかどうかは一目で分かってしまうものだ。

(2014年10月)


  1. 日本語だが、ホテルニューグランド発祥と言われる「プリン・アラモード」もまた、現代では昭和へのノスタルジーを誘う名称ではあっても、命名された際に意図したであろう「流行の、おしゃれな」の意味はもはや持っていないと言える。 

  2. TLFi  

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