このところラ・ヴァレーヌ関連の投稿ばかりになっているが、これはピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)を読み解くための予備的な性格がつよい。言ってみればピエール・ド・リューヌが「本命」ということになる。
山うずらのラグゥ仕立て Perdrix en ragoût
山うずらは開いて平らにのばす。棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れて、ブイヨン、塩、こしょう、ナツメグで煮る。次に、フライパンでマッシュルーム、豚背脂、小麦粉少々を炒めて加える。グラス1杯の白ワイン、レモン汁を加えて煮上げる。仔牛胸腺肉と炒めたマッシュルームを添える。
Fendez les perdrix ou les aplatissez; les lardez de moyen lard, passez-les à la poêle et les faites cuire dans une terrine avec bouillon, sel, poivre, muscade, puis passez champignons à la poêle avec lard et un peu de farine; faites cuire tout ensemble avec un verre de vin blanc et jus de citron et mouton; en servant, garnissez de ris de veau, champignons frits1.
正直なところ、原文後半にある mouton がよくわからない。普通に考えたら「レモン汁と羊のジュ」となるのだが… とりあえず訳文では mouton は外してある。
さて、ラ・ヴァレーヌにも同じ料理名のレシピはあるが、シンプル過ぎていまひとつイメージが湧かないかも知れない。ピエール・ド・リューヌの場合は味付け、付合せについてもより具体的な記述になっている。文字通りの「再現」も不可能ではない筈だ。あるいは、現代風にアレンジ(再解釈)するのもいいだろう。自由に発想し、展開するための「想像力(創造力)のパン種」みたいなものと考えていい。ただ、そのためには原文をできるだけ正確に読解しなければならない。だからこそいっそう、mouton の語が解釈できないのは残念。
古い料理書の例にもれず、基本的に分量指定がない。ただ、山うずら perdrix が複数形であることと、17世紀の他の料理書に記された献立構成を考えると、少なくとも6人分以上を一度に調理したことは確かだろう。
とはいえ、一箇所だけ分量指定がある。「グラス1杯の白ワイン」だ。日本語で「カップ1杯」といえば200mlだが、エスコフィエなどではグラス1杯はおおむね80〜100ml。17世紀には具体的にどの程度の量だったかは分からないが、ニュアンスとしては若干量と捉えていいだろう。
ラ・ヴァレーヌとの比較で言えば、ラ・ヴァレーヌの「ラグゥ仕立て」には香辛料を使う指示がきわめて少ない。これに対して、こしょう、ナツメグという具体的な指示があるのが興味深い。逆に言えば、この料理ではこしょう、ナツメグ以外の香辛料はまったく入れない、というやや穿った解釈も可能だろう。
マッシュルームが煮汁にもガルニチュールにも使われているのもポイントのひとつと言えるかも知れない。ラ・ヴァレーヌでもマッシュルームは頻繁に使われている。マッシュルームは17世紀に人口栽培されるようになった。当時としては比較的目新しい、「プレミアム」な食材のひとつだった。
本文の記述からは外れるが、エスコフィエの、たとえばガルニチュール・フィナンシエールなどがひとつでも構成要素が欠けたり、他のもので代用すると成立しなくなってしまうほど厳密なものであるのに対し、17世紀の料理書の場合は、ラ・ヴァレーヌが「適宜ガルニチュールを添える」というようなかなりいい加減な調子だったことを考えると、ある程度は自由にイメージしていいように思う。そういう意味では、アーティチョークなどは16世紀以降きわめて好まれる食材で、ベアティーユにも含めることが多かったから、この「山うずらのラグゥ仕立て」のガルニチュールにアーティチョークも加えると愉しいように思う。
- L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995, pp.262-263. ↩