「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年2月号「ブレゼ(2)」の補足記事です.
原文が長く,内容的に途中で切るのが難しいということもあって,編集部のご厚意で特別増ページ,盛り沢山となりましたが,お読みいただけたでしょうか?
さて,前回「ブレゼ(1)」でもそうだったんですが,「香味素材」および「煮汁」と訳したものの多くが原文は fonds de braise (フォン・ド・ブレーズ) なんです.
香味素材と煮汁じゃ随分と違いますよね.でも,同じ言葉で表現されているんです.
これは,ブレゼという調理を,主素材とそれ以外,というように分けて考えているということなんです.「それ以外」の方はブレゼの土台となっているもの(フランス語の fond のもともとの意味)ということでしょう.
いちいち訳し分けずにカタカナで「フォン・ド・ブレーズ」としちゃっても良かったんでしょうけど,今の調理現場ではそんな概念は理解されないだろうということで,あえて文脈に合わせて日本語にしました.
さて,『ル・ギード・キュリネール』では,ブレゼの鍋の中身は (1) 主素材 (2) 香味素材+フォン等の液体,という構成になっています.(2)を「フォン・ド・ブレーズと呼んでいたわけです.
ところで,この(2)ですが,カレームの時代まではかなり内容が違っていました.
ブレゼと呼ばれる調理は,鍋の底に豚背脂のシートを敷き,その上に仔牛もも肉のスライスを重ね,鵞鳥,七面鳥,羊もも肉,イチボ等の牛肉の塊等々を入れる.上から仔牛肉のスライスと豚背脂のシートで覆い,細かく切ったにんじん2本分,切っていない玉ねぎ6ヶ,ブーケガルニを加える[…] (L’art de la cuisine française au dix-neuvième siècle, t. I, p. 51.)
ブランデーとブイヨンを注いで蓋をして煮るわけですが,ここで出てくる主素材つまり「鵞鳥,七面鳥…」以外の材料を braise (ブレーズ)と呼んでいたわけです.
カレームは「豚背脂のシート」と「仔牛のスライス」を指定していますが,他の肉を入れる場合もあります.極端な話,ブイヨンじゃなくて普通の水を注いで作ったって充分においしく出来ちゃいそうな材料です.ただ,明かにコストが凄いです.手間もかかる.合理的じゃない.だから,『ル・ギード・キュリネール』では主素材以外の要素を香味素材(=香味野菜と場合によっては豚皮)+きちんと仕込んだフォン,としています.その方が汎用性があるからですね.
今回の連載で「パンセ」がどうとか,獣骨を使うのがどうとかという話が延々と出てくるのは,この昔の「ブレーズ」を使ったブレゼを踏まえてのことというわけです.