41. 仔牛または羊の足 ラグゥ仕立て Pieds de veau et de mouton en ragoût
仔牛の足はよく茹でてから小麦粉をまぶし、背脂またはラードを熱したフライパンで焼く。(鍋に移し、)ブイヨン少々、ヴェルジュ少々、ブーケガルニ、レモン1切れ、脂で炒めた小麦粉を加えて弱火で煮る。しっかりと味付けし、ソースを煮つめる。ケイパーを混ぜ込む。
羊の足も同様に調理する。よく茹でたら虫を取り除き、小麦粉をまぶす。背脂かラードを熱して焼く。(鍋に移し、)ブイヨン少々、ヴェルジュ、ブーケガルニ、レモン1切れ、脂で炒めた小麦粉を加えて弱火で煮る。しっかりと味付けし、ソースを煮つめる。ケイパーを混ぜ込む。
Etant bien cuits, les farinez et passez par la poêle avec du lard ou saindoux, puis les mettez mitonner avec peu de bouillon, peu de verjus, un bouquet, un morceau de citron, et farine passé: le tout bien assaisonné et la sauce courte, mêlez y des câpres, puis serverz.
Les pieds de mouton se font de même; étant bien cuits, et le ver ôté, les farinez et passez avec lard ou saindoux, et les mettez mitonner avec peu de bouillon et verjus, un bouquet, morceau de citron, et farine passée, le tout bien assaisonné et sauce courte, y mêlés des câpres et servez.
下茹でした素材に小麦粉をまぶして脂を熱したフライパンで焼き、ブイヨンを注いで弱火で煮込み、煮汁(ソース)をしっかり煮つめる、という手順は仔牛の足、羊の足どちらも同じだ。
よくわからないのは「羊の足」のほうで書いてある le ver ôté という表現。le ver は「虫」のこと。誤植ではないかと他の版も確認したが間違いではないようだ。
なお、pieds-de-veauというマムシグサ科の植物、pieds-de-mouton (ピエ・ド・ムゥトン 和名シロカノシタ)という名称の茸があるが、肉料理の章なのでここでは関係ない。
42. グラ・ドゥーブルのラグゥ仕立て Gras-double en ragoût
グラ・ドゥーブルは白く、柔く茹でる。細かく刻み、フライパンに背脂を熱して、パセリとシブールとともに炒める。ケイパー、ヴィネガー、脂で炒めた小麦粉、玉ねぎを加えて弱火で煮込む。
別の作り方として、とろみ付けに卵黄とヴェルジュを混ぜ込んでもいい。
(グラ・ドゥーブルの)別の料理法
グラ・ドゥーブルは厚いものを使う。切り分けて塩とパン粉をまぶす。これを網焼きする。ヴェルジュかヴィネガー、またはオレンジ果汁かレモン汁をかけて調味する。
Etant bien blanc et bien cuit, coupez-le bien menu, le fricassez avec lard, persil et ciboule, et assaisonné avec câpres, vinaigre, farine frite et un oignon: faites le mitonner, et servez.
Vous pouvez aussi y mêler en autre façon jaunes d’oeufs et verjus pour liaison.
Autre façon.
Prenez le bien gras, le découpez, poudrez de sel et de mie de pain, le faites rôtir sur le gril, et l’assaisonné de verjus de grain ou vinaigre, ou jus d’orange ou de citron, puis servez.
グラ・ドゥーブルは牛の第1胃 (panse パンス、日本語でミノ) のこと。double が反芻動物の第1胃を指す。gras は形容詞で「肉厚の」の意。厳密には牛の第1胃そのものを panse (パンス)、下処理したものを gras-double (グラ・ドウーブル)と区別するらしいが、実際にはほぼ同義と考えていい。
日本のフランス料理ではせいぜい Gras-double (à la ) lyonnaise (グラ・ドゥーブルのリヨン風) が知られている程度かも知れないが、エスコフィエ『料理の手引き』では7種、モンタニェ『ラルース・ガストロノミック』初版では12のレシピが収録されている。
さて、食文化史の観点からこのレシピで注目すべきポイントは2つ。ひとつは fricasser。こんにちフリカセというと、たとえば鶏のフリカセのように、主として白いラグゥのことを指す。甲殻類などを使う白くないフリカセもあるが、やはり煮込みだ。仏和辞典でも「ホワイトソースで煮込む、フリカッセにする1」と書いてる。
が、ここでは「鍋に油脂を熱し、素材を強火で焼く」の意味で使われている。中世から17世紀にかけて、動詞としての (つまり料理名ではなく、ということ) fricasser はもっぱらこの意味で使われていた。
「強火で焼く」意味の fricasser がどのようにして「煮込み」へと変化したのか…じつはこのラ・ヴァレーヌ『料理の本』にその最初期の例が出てくるのだが、その変化のプロセスを考えるためにはラグゥについての理解を深めておく必要がある。だからこのブログで料理名としてのフリカセを取り上げるのはしばらく先のことになると思う。
もうひとつ、「とろみを付けるのに卵黄とヴェルジュを加えてもいい」とあるところ。とろみ付けに卵黄を使うということだ。ある種の煮込みでとろみを付けるために仕上げに溶きほぐした卵黄を加えるというのは中世以来長く一般的に行なわれてきた。もっとも、日本のフランス料理では卵黄をとろみ付けに使うことは珍しいらしく、あるプロの料理人にそういう話をしたところ、「熱で凝固してしまうから無理だろう」とか「温度を上げられない」「色が付いてしまう」などという反応が返ってきて驚いたことがあった。実際のところ、生クリームなり煮汁なりでしっかり乳化させておき、よく混ぜながら加えれば沸騰状態まで温度を上げていても凝固しないのだが… これについては、レモン・オリヴェがTV番組で実地で説明している映像がWEBで見られる2。
ところで、「別の料理法」となっているものはたんなるパン粉付け焼きなので「ラグゥ」とは呼びがたい。これは「グラ・ドゥーブルのラグゥの別の作り方」ではなく、グラ・ドゥーブルの料理法としてもうひとつ書いてある、と理解される。