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投稿者: Manabu GOTO
ラ・ヴァレーヌのラグゥ(14)
66. 猪肩肉のラグゥ仕立て Epaule de sanglier en ragoût
猪肩肉に棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、大きな釜に水をいっぱいに張って、塩、こしょう、ブーケガルニで煮る。このとき味をつけすぎないように注意。煮汁をよく煮つめてソースにするからだ。半ば煮えたら白ワイン1L弱1を注ぎ、クローブ、ローリエ、ローズマリー1枝を加える。よく煮えて、煮汁が煮つまってきたらとろみを付ける。とろみ付けの方法は以下のとおり。(フライパンに)豚背脂を熱して溶かし、小麦粉少々を炒める。玉ねぎ1個を細かいみじん切りにして加え、さらに軽く炒める。これをソース(煮汁)に加えてとろみを付ける。さらにケイパーとマッシュルームを加えて弱火で煮る。味をととのえる。
Lardez la de gros lard, puis la mettez dans une chaudière pleine d’eau, avec sel, poivre, et un bouquet. Prenez bien garde de ne la trop assaisonner parce qu’il faut réduire le bouillon à une sauce courte. Etant plus de moitié cuite vous y mettrez une pinte de vin blanc, du clou, et une feuille de laurier ou un bâton de romarin: puis étant bien cuite, et la sauce courte, vous la liérez: Et pour ce faire faites fondre du lard et y passez un peu de farine, puis mettez y un oignon aché bien menu, faites lui faire un tour ou deux de poêle, et le versez dans votre sauce, que vous serez mitonner avec câpres et champignons, et le tout étant bien assaisonné servez.とろみ付けの方法を比較的詳しく書いてある点が重要。小麦粉を脂で炒めたものを加えてとろみを付けているわけで、いわば「ルゥ」の原型である。ただしここでは「ルゥ」roux という語は用いられていない。roux はもともと「赤褐色(に焦げたもの)」のこと。長時間色付くまで炒めることでソースの色をコントロールするようになるのはもっと後の時代になってから。
こんにちルゥはバターと小麦粉を炒めて作るのが一般的だ。たしかに、カレーム『19世紀フランス料理2』でも、エスコフィエ『料理の本』でも、ルゥを作るのにはバターを用いるよう書いてある。ところが『料理の本』の初版(1903年)では「獣脂またはバター」となっていた。また、料理学校コルドン・ブルーの初代主任教授ペラプラの『現代の料理』L’art culinaire moderne, 1935 では、ソース・ドゥミグラスの項でルゥは「獣脂(バターは使わないこと)と小麦粉を弱火で炒めて作る」(p.115)と説明されている。ルゥにつねにバターを使っていたわけではないのだ。
ところで、煮汁をかなり煮つめていることも、とろみを付けるのに一役買っていると言えよう。20世紀後半以降、ソースのとろみ付けにルゥはほとんど使われなくなり、かわりに、煮つめることでとろみを付けるのが主流だ。「レデュクシオン」などと気取って言う人も少なくないようだが、要は「煮つめる」ということだ。これもラ・ヴァレーヌ以前の中世の料理書にはあまり出てこない方法だということは記憶に留めておきたい。
ついでに、猪のレシピを中世の料理書、ギヨーム・ティレル(タイユヴァン)『ル・ヴィアンディエ』から拾ってみると
生の猪肉。ワインを加えた湯で茹でる。ソース・カムリーヌ3、ポワーヴル・エグレ4食する。塩漬けの猪肉はマスタードで食する。
Venoison de sanglier frez. Cuit en vin et en eaue, à la cameline et au poivre aigret; le salé, à la moutarde. (Le Viandier, Pichon et Vicaire éd., p.220)『ル・メナジエ・ド・パリ』に出ている猪の調理法も似たようなもので、茹でて何らかの「ソース」を添えるだけだ。中世料理の場合、ソースとはいってもむしろ「コンディマン condiment」に近い。
こうしたごくシンプルな中世のレシピと比べると、17世紀にラグゥが「美味しいもの、食欲をそそるもの」の代名詞として流行したのがよくわかるような気がする。
オリヴィエ・ド・セール『農業経営論』第1部第1章の翻訳(2)
よい土地とは
古代の遺跡があるようなところの休耕地か未開墾地がもっともいいことは疑うまでもない。日にあたり続け、炎や風化によって崩れた建物に使われていた石灰がついには土壌の砂と混ざりあっているから、土が砕けやすくて耕しやすい。あらゆる農作物を作るのに必要な肥沃で柔らかい土壌だ。
土壌の調べ方
ウェルギリウス1、コルメラ2、パラディウス3をはじめとする先人達のおかげで、土壌の力をいくつかの方法で知ることができる。
よい土壌
いい土壌は、穴を掘ってすぐに埋めもどすと土の全量は穴に入らない。酵母によってパン生地が膨らむように、空気を含んでいるからだ。
よくない土壌
軽すぎてよくない土壌は風にあたると落ちてしまい、穴を掘る前の量にはるかに足りなくなってしまう。
普通の土壌
普通の土壌は穴に埋めもどして足りなくなることはない。手に土を取って、水を含ませると鳥もちのようになるのは肥えた土壌だ。昔の農学者たちによると、土を水に溶いて、布で漉したときの水がよければいい土壌だ。漉した水が強い悪臭を放っていたり、塩辛かったり、あるいは他のよくない匂いや味がする場合は使えないと判断すべきだ。
その他の調べ方
地面を掘ってみるのは土壌の力を知る確実な方法だ。誰もが言うように、表層の土がいちばんいい。だから、同じような土が深いところまであればそれだけ、肥沃な土壌と言える。だが、いい土がとても深くまである場所はきわめて少ない (それでも自然の恵みと思うべきだ)。地表から1ピエ4程度の深さまでいい土があるなら (このくらいか、それより少し深くまであれば果樹には充分だ)、よしとすべきだ。そうでない土壌は質が悪く硬い不毛なものだ。完全な砂土は乾燥しているから、いい土を客土しても水分と養分を吸い取ってしまう。相変わらず痩せた土壌のままだから、頻繁に施肥し続ける必要がある (これはフランスの多くの場所で見られる。パリやその近郊の、建築用の砂を採取しているようなところがそうだ)。深い層が粘土や礫土あるいは岩で出来ている土地は肥効が悪いからと嫌がるのは間違いだ。畑の表土が持つ有用性を忘れてはいけない。
オリヴィエ・ド・セール『農業経営論』第1部第1章の翻訳(1)
第1章・・・土を知る
農業の基本は、耕作する土地が先祖から受け継いだものであれ、新たに手に入れたものであれ、その土地の性質を知ることにある。そうすれば、必要な措置を講ずることで土地改良が可能になるのだ。資金と労力を適切に投入することで、農業経営において期待どおりの成果、言い換えれば適度な利益と喜びという満足を得られるわけだ。
土壌の性質
だから、この本ではまず土壌について論じることにする。じつに多くの種類の土壌について説明することになるが、土壌は性質がいろいろだから共通点がなかったりもする。だからうまく説明するのは困難だが、数が多いことによる混乱を避けるために、大まかに二つに分けることにする。
粘土と砂
言うまでもなく、粘土と砂はどんな土壌にもある。全ての土壌はかならずこの二つを持っている。土地が肥沃か不毛かというのはここから生じる。粘土と砂の比率がいいか悪いかで、耕作者にとって得にも損にもなる。肉に塩で味付けするように、自然のままであれ人工的に改良するのであれ、粘度と砂が土壌にちょうどいい割合で存在していれば、土は耕しやすくなり、保水力も水捌けも適切なものになる。こうして土を治め、使いこなし、施肥を行ないえば、喜ばしい成果がもたらされるのだ。逆に、粘土と砂というまったく異なった性質のもののどちらかが多すぎれば、その土壌はまるで価値のないものになってしまう。土壌が重すぎたり軽すぎたり、堅すぎたり柔らかすぎたり、強すぎたり弱すぎたり、水分が多すぎたり乾きすぎたり、泥々、石灰質、粘土質、こういったものは一度に変えるのは難しく、冬は過湿、夏は乾燥する。結果としてこういう土壌は肥沃とは言えない。
土壌の色
こうしたことを知るには、土の色を見るだけでは充分とは言えない。とはいえ、沼地だったり湿気が多すぎたりしないかぎりは黒い土がいちばんいいとされている。というのも、水を吸った状態なら他の色の土よりはいいからだ。黒の次は灰色、黄褐色、赤褐色と続く。その後は白、黄色、赤だが、これらはほとんど価値がない。食べられる草が生えていない土地も駄目だ。匂いの悪いものも、見た目に汚ならしいのも駄目だ。
土の匂い
ラングドックやプロヴァンスにあるような、セルポレ1やタイム、アスピック2、ラベンダーの香りのする土壌はいい。篤農家はこう言う。
いい香りのする土地でしか
小作人を雇ってはいけない石ころが多すぎたり、岩が邪魔な土壌は、シダやイグサがたくさん生えているような、明らかによくならない土壌と同じレベルのものだ。
西洋野菜の参考書
フランス・イタリア野菜の歴史、栽培について、主要文献のリストのみ記しておく(順不同)。とくにコメントはつけない。
- Cl. Chaux et Cl. Foury, Productions légumières, Lavoisier, 1994, 3 vol.
- Victor Renaud, Tous les légumes courants, rares ou méconnus, cultivables sous nos climats, Ulmer, s.d.
- Lyndsay et Patrick Mikanowski, Joël Thiébault, Légumes de Joël!, Flammarion, 2005.
- Ennio Lazzarini, Gli Ortaggi e le Piante Aromatiche, Hoepli, 2009.
- Anonyme, Le Mesnagier de Paris, Le Livre de Poche, 1994.
- Olivier de Serres, Le Théâtre d’agriculture et ménage des champs, Actes Sud, 1996.
- Nicolas Bonnefons, Le jardinier français, qui enseigne à cultiver les arbres et herbes potagères, 1651.
- De Combles, L’école du jardin potager, 1749.
- Lamarck, Botanique (Encyclopédie méthodique), 1783-1817, 13 vol.
- Vilmorin, Catalogue, 1925.
- N. Sgaravatti, Le Sementi (Catalogue), s.d.
- M. Nisard (dir.), Les Agronomes latins, Caton, Varron, Columelle, Palladius, 1844.
残念ながら、このリストに加えるべき日本語の本を僕は知らない。フランス、イタリアの野菜について言及している日本語の本もないわけではないが、これまで目を通したものはどれも誤りや不正確な記述が多かった。
ラ・ヴァレーヌのラグゥ(13)
59. アルブランのラグゥ仕立て Halbran en ragoût
アルブランは掃除をし、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れてブイヨンを注ぎ、ブーケガルニを加えて煮る。しっかりと味付けしておく。よく煮えたらソース(煮汁)にしっかりとろみを付ける。ケイパー、マッシュルーム、トリュフを混ぜ込む。
Etant habillez passez les par la poêle, puis les mettez mitonner dans une terrine avec bon bouillon et un bouquet, le tout bien assaisonné: étant bien cuits et la sauce bien liée, mettez y câpres, champignons, truffes, et servez.アルブランは野生の鴨のうち、その年に生まれた若いもの。
60. 揚げた羊舌肉のラグゥ ベニェ仕立て Langue de mouton frite en ragoût et beignet
羊舌肉は縦半分に切り、フライパンで焼く。しっかり味付けする。平鍋に移し、ヴェルジュとナツメグを加える。小麦粉少々を用意し、卵と舌肉の煮汁で溶く。この生地に舌肉を投入し、(フライパンに)溶かした豚背脂またはラードで焼く。パセリひとつかみを加える。パセリは緑色を失なわないように注意。そのまま、またはマリナードとソース(煮汁)の残りを添えて供する。
Prenez vos langues et les fendez par la moitié, puis les passez par la poêle, et les assaisonnez bien. Mettez les ensuite dans un plat avec verjus et muscade: Prenez après peu de farine et la délayez avec un oeuf, et la sauce qui est dessous vos langues, que vous jetterez dans cet appareil: faites la frire avec du lard fondu ou du saindoux: Etant frite jetez dans la poêle une poignée de persil, et faites en sorte qu’il demeure bien vert, servez les seiches ou bien avec une marinade et le reste de votre sauce.フライパンで表面を焼いた後、煮ているわけだが、ヴェルジュとナツメグしか加えないというのは考えにくい。多少なりともブイヨンを注ぐと考えたほうがよさそうだ。
作業の流れから、frire は「揚げる」ではなく「焼く」とした。そもそも frire という語は油脂の量が多いか少ないかはあまり問題にしない。ただ、「衣」をつけているわけだから、あまり油脂の量が少ないと具合が悪そうだ。「揚げ焼き」なる日本語もあるようなので、置き換えて読んでもかまわない。
パセリはフライパンに投入するという指示で、つまりは火を通すということだが、みじん切りなら皿に盛ってからでもよさそうな気もするし、ちぎっただけのものなら軽く火を通したいというのもわかる。なお、パセリは葉がちぢれる persil frisé (ペルシ・フリゼ)いわゆるモスカールドと、葉が平たい persil plat (ペルシ・プラ)いわゆるイタリアンパセリがこんにち一般的だが、18世紀のド・コンブル『菜園の学校』De Combles, Ecole des jardins potagers, 1749 という本ではパセリは6タイプに分けられており、ペルシ・フリゼの記述は相対的に少ない。「ペルシ・フリゼは一般的なパセリ(persil commun ペルシ・コマン = ペルシ・プラ)と同じ味で栽培方法も同じだが、霜にかなり弱く、しおれやすいため、栽培は少ない」(p.392)とあることは留意しておきたい。
61. 仔牛レバーのラグゥ仕立て Foie de veau en ragoût
仔牛レバーに棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し込む。ブーケガルニ、オレンジの外皮、ケイパーを加え、しっかり味付けして煮る。充分に煮えたら煮汁(ソース)にとろみを付け、レバーはスライスして供する。
Lardez les de gros lard, et le mettez dans un pot bien assaisonné avec un bouquet, écorce d’orange, et câpres; puis étant bien cuit, et la sauce liée, coupez le par tranche, et servez.この本の他のレシピを読んでいればどうということもないのだが、これだけ抜き出したら、どう作ったらいいのかわからないかも知れない。かなり不親切な記述だ。
仔牛肉のアンドゥイエット
アンドゥイエットといえば、細かく刻んだ豚の胃や腸を詰めたソーセージというのが一般的な理解だろう。これは andouillette de Troyes (アンドゥイエット・ド・トロワ トロワ風アンドゥイエット)といい、もともとはシャンパーニュ地方のトロワというところの地方料理ということだ。カンブレ風やリヨン風のアンドゥイエットも比較的よく知られている。これらは詰め物に仔牛の腸間膜(fraise de veau フレーズ・ド・ヴォー)を使う。
古い料理書に出てくるアンドゥイエットはこれらの地方料理とはずいぶん趣がちがう。そのなかでもっとも古いもののひとつがピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)およびその第2版『新・料理の本』(1660年)のものだ。
スペイン風アンドゥイエット
仔牛肉を細かく刻む。豚背脂少々、香草、卵黄、塩、こしょう、ナツメグ、粉にしたシナモンを加える。豚背脂のシートで巻いてアンドゥイエットの形状にする。串を刺してローストする。ローストする際に滴り落ちてくる肉汁は受け皿で受ける。火が通ったらその肉汁をかける。茹で卵の黄身8〜10個分と細かくおろしたパン粉を順につけて、しっかりした衣を作る。提供時にレモン汁と羊のジュをかけ、揚げたパセリを添える。 Faut hacher chair de veau, et un peu de lard, fines herbes, jaunes d’oeufs, sel, poivre, muscade, cannelle pilée, et faite andouillettes dans des platines de lard, les mettre à la broche et recevoir ce qui en tombe, et quand elles seront cuites arrosez les à la broche de la sauce et de huit ou dix jaunes d’oeufs cuits et mie de pain fraisé menu, tantôt de l’un tantôt de l’autre jusqu’à ce qu’elles aient fait une belle croûte, mets jus de citron et de mouton en servant et persil frit. (Pierre de Lune, Le nouveau cuisinier, 1660, p.40.)
こんにちの「常識」から見て意外な点は、腸詰にしていないことと、豚の内蔵ではなく仔牛肉を主材料としていることだろう。この2点において「スペイン風」ということなのだろうか?
言うまでもなく、アンドゥイエットはアンドゥイユ andouille の小さいもの、というのがそもそもの意味で、andouille はラテン語の inducere (フランス語 introduire, 英語 introduce の語源、「入れる」の意)が語源だ。だからアンドゥイユもアンドゥイエットも「腸詰」であるのが本来の姿で、主として豚の腸詰を意味すると考えたいところだ。
ところが、18世紀中頃の『食品、ワイン、リキュール事典』Dictionnaire des aliments, vins et liqueurs, 1750 では、アンドゥイエットを「細かく刻んだ仔牛肉を楕円形に巻いたもの」と定義している。実際、17、18世紀の料理書に出てくるアンドゥイエットは腸詰であるかどうかは別として、仔牛肉を主材料にしたものが多い。18世紀ヴァンサン・ラ・シャペル『近代料理』第1巻のアンドゥイエットは細かく刻んだ仔牛肉を豚の腸に詰めて作る。
これら18世紀の文献を見ていると、腸詰にしていないから、あるいは仔牛肉を使うから「スペイン風」アンドゥイエットだと捉えるのはいささか無理がありそうだ。
そもそも「スペイン風」という表現に惑わされてはいけないだろう。たしかにピエール・ド・リューヌ『料理の本』では「スペイン風」という料理名が目立つ。だが、「フランス料理」という概念が成立したばかりの頃だ。内容的には実際のスペイン料理と関係ないと考えたほうがよさそうだ。
17世紀、国王ルイ14世の母親アンヌ・ドートリッシュも、ルイ14世の王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュもスペイン・ハプスブルク家からフランスに嫁いだ。こうしたことから、スペインは頻繁に話題にのぼる「外国」のひとつだっとことは確かだろう。
だとすると「スペイン風」は「外国風」あるいは「ちょっと変わった」程度のニュアンスと考えてもいいかも知れない。日本語で唐辛子の「唐」やチョウセンアザミ(アーティチョーク)の「朝鮮」が中国とも朝鮮半島とも関係なく、たんに「外国」の意味に過ぎないのと同じように。
さて、アンドゥイユについては14世紀末の『ル・メナジエ・ド・パリ』に豚の腸などを腸詰にするものが出ている (II-v-8)。ピエール・ド・リューヌでも「豚のアンドゥイユ」がある。これは豚の皮下脂肪などを豚の小腸に詰めたものをさらに大腸に詰めて作る (op.cit., p.41)。
だから「アンドゥイエットはもともと腸詰ではなく、仔牛肉で作ったものだ」、などと断定もできない。たんにレシピが記録されなかっただけという可能性もある。地方料理であるトロワのアンドゥイエットが古い料理書に記されていないのも不思議ではない。
地方料理のレシピを集めた本が出てくるのは19世紀以降のこと、主に20世紀になってからで、中世から18世紀の料理書はもっぱら宮廷、貴族やブルジョワの館で客を招いてふるまったりするための料理を記録したものだというのを忘れてはいけない。
ラ・ヴァレーヌのラグゥ(12)
52. 羊背肉のラグゥ仕立て Côtelettes de mouton en ragoût
羊背肉は切り分けて叩く。小麦粉をまぶし、フライパンで焼く。別鍋に移し、ブイヨンを注ぎ、ケイパーを加えて煮る。しっかり味付けする。
Découpez les, puis les battez et enfarinez, les passez ensuite par la poêle, étant passées mettez les avec bon bouillon et câpres, et le tout bien assaisonné, servez.55. 仔兎のラグゥ仕立て Lapereaux en ragoût
鶏と同様にフリカセしてもいいし、フライパンで焼いて少量の小麦粉を加えてもいい。鍋に移し、ブイヨンを注いで弱火で煮る。ケイパー、オレンジ果汁またはレモン汁、ブーケガルニまたは香草を加えて味付けする。
別の作り方
仔兎をローストし、切り分ける。これをフライパンで焼き、平鍋に移して弱火で煮る。オレンジ果汁、ケイパー、パン粉少々を加える。ソースはしっかり味付けし、よく煮つめること。
Vous les pouvez fricasser comme poulets, ou les passer par la poêle avec un peu de farine, puis les mettez mitonner avec bon bouillon, et assaisonnez avec câpres, jus d’orange ou citron, et bouquet ou ciboule.
Autre façon
Lorsqu’ils sont rôtis découpez les en pièces, les passez par la poêle et mettez mitonner dans un plat avec jus d’orange, câpres, peu de chapelure de pain: sauce de haut goût et courte, servez.冒頭をカタカナ混じりで直訳すると「鶏と同様にフリカセしてもいい」となる。フリカセ fricasser という動詞はすでに見たように「油脂を熱した鍋に素材を入れて強火で焼く」ことだ。この場合、ou 以下の「またはライパンで表面を焼き小麦粉少々を加える」とまったく同じ意味である。つまり、この接続詞 ou の用法は「同格」と解釈される。
その一方で、この本には「鶏のフリカセ」Poulez fricassés (直訳すると「フリカセした鶏」)があるので、そちらも気になるところだろう。鶏のフリカセの場合は切り分けた鶏肉をブイヨンで茹でてから強火で焼くというプロセスになっている。肉を下茹でしてから焼くというのは中世ではごく一般的な手順だった。また、とろみ付けに卵黄を用いるとなっており、小麦粉を使うとは書いていない。上の訳はこの解釈による。
「別の作り方」ではローストしてから切り分け、さらにフライパンで焼く手順になっている。おそらく、豚背脂のシートで素材を包んで (バルデ barder) ローストすると解釈するのがいいだろう。実際、火の通り具合をコントロールする目的で豚背脂のシートで素材を包んでローストするのはごく一般的におこなわれていた。
ピエール・ド・リューヌ『新・料理の本』(1660)の画像ファイル
この2年ほどアクセスできなくなっていた、オーストリア、グラーツ大学WEBサイトのピエール・ド・リューヌ『新・料理の本』Pierre de Lune, Le nouveau cuisinier, 1660 の画像ファイルが再び見られるようになっていたのでリンクを貼っておく。
http://sosa2.uni-graz.at/sosa/druckschriften/dergedeckteTisch/I19916/
僕が知るかぎり、WEB上にピエール・ド・リューヌ『料理の本』はこれしかないようだ。このサイトが見られなくなってからは、L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995 を参照せざるを得なかったのだが、校訂版ではないので、「新」の方とはいえ原本を見られるのは嬉しいかぎり。
ラ・ヴァレーヌのラグゥ(11)
51. のろ鹿腰肉のラグゥ仕立て Longe de chevreuil en ragoût
拍子木に切った背脂を表面に沢山刺す(ピケする)。串刺しにしてローストする。半ば火が通ったら、こしょう、ヴィネガーとブイヨン少々を焼きながらかけてやる(アロゼする)。ソースにとろみを付ける。
Lorsqu’elle est bien piquée, mettez la à la broche, puis étant à moitié cuite arrosez la avec poivre, vinaigre et peu de bouillon: faites lier la sauce, puis servez.ラグゥと謳ってはいるが、むしろ中世のドディーヌ(dodine)に近いレシピ。素材を串に刺してローストする場合、火の横(フランス語では devant 前、と表現することが多い)に台を据えて焼くことになる。肉汁や脂が滴り落ちるので、下には受け皿がある。この受け皿にたまった肉汁と焼き脂をベースにしたソースが中世のドディーヌだ。ギヨーム・ティレル(タイユヴァン)『ル・ヴィアンディエ』には3種類のドディーヌが出ている。ただし、『ル・ヴィアンディエ』のドディーヌはいずれも鴨のロースト用のソース。なお、エスコフィエ『料理の手引き』のルーアン鴨のドディーヌ Caneton rouennais à la dodine au Chambertin (p.638)は中世のドディーヌとはまったく別の料理なので混同しないよう注意。
図は14世紀のもの。焼いているのが鴨か鶏か鵞鳥かわからぬが、大きな匙で何らかの液体をかけている(アロゼしている)のがよく分かる。
さて、このレシピも中世のドディーヌと同様に、「こしょう、ヴィネガー、ブイヨン少々」を合わせたものを焼きながらかけてやり、下の受け皿にたまった汁をソースにすると解釈されよう。問題はソースのとろみ付けの方法だ。
『ル・ヴィアンディエ』のドディーヌはとろみ付けにパンを用いるものを卵黄を加えるものがあるが、ここではたんに「とろみを付ける」としか書かれていない。料理書としてはまことに不親切で、推測するほかない。この本では「脂で炒めた小麦粉」つまりはルゥの原型とも呼ぶべきものがしばしば使われているので、これを使うと解釈することも可能だろう。もちろん、中世のドディーヌと同様にパンあるいは卵黄を使うと考えてもいいかも知れない。
いずれにしても、「ラグゥ仕立て」という名称から、焼きあげた肉は串を外して皿に盛り、ソースをかけて供したと解釈されよう。
蛇足だが、フランス語の chevreuil (シュヴルイユ)は「のろ鹿」という小型の鹿の仲間を指す。日本のフランス料理では本州鹿やエゾ鹿をフランス語で chevreuil と書いていることが多いようだが、むしろ cerf (セール)としたほうが適切なように思う。
ピエール・ド・リューヌのラグゥ(2)
このところラ・ヴァレーヌ関連の投稿ばかりになっているが、これはピエール・ド・リューヌ『料理の本』(1656年)を読み解くための予備的な性格がつよい。言ってみればピエール・ド・リューヌが「本命」ということになる。
山うずらのラグゥ仕立て Perdrix en ragoût
山うずらは開いて平らにのばす。棒状に切った豚背脂をラルデ針で刺し、フライパンで焼く。これを陶製の鍋に入れて、ブイヨン、塩、こしょう、ナツメグで煮る。次に、フライパンでマッシュルーム、豚背脂、小麦粉少々を炒めて加える。グラス1杯の白ワイン、レモン汁を加えて煮上げる。仔牛胸腺肉と炒めたマッシュルームを添える。
Fendez les perdrix ou les aplatissez; les lardez de moyen lard, passez-les à la poêle et les faites cuire dans une terrine avec bouillon, sel, poivre, muscade, puis passez champignons à la poêle avec lard et un peu de farine; faites cuire tout ensemble avec un verre de vin blanc et jus de citron et mouton; en servant, garnissez de ris de veau, champignons frits1.正直なところ、原文後半にある mouton がよくわからない。普通に考えたら「レモン汁と羊のジュ」となるのだが… とりあえず訳文では mouton は外してある。
さて、ラ・ヴァレーヌにも同じ料理名のレシピはあるが、シンプル過ぎていまひとつイメージが湧かないかも知れない。ピエール・ド・リューヌの場合は味付け、付合せについてもより具体的な記述になっている。文字通りの「再現」も不可能ではない筈だ。あるいは、現代風にアレンジ(再解釈)するのもいいだろう。自由に発想し、展開するための「想像力(創造力)のパン種」みたいなものと考えていい。ただ、そのためには原文をできるだけ正確に読解しなければならない。だからこそいっそう、mouton の語が解釈できないのは残念。
古い料理書の例にもれず、基本的に分量指定がない。ただ、山うずら perdrix が複数形であることと、17世紀の他の料理書に記された献立構成を考えると、少なくとも6人分以上を一度に調理したことは確かだろう。
とはいえ、一箇所だけ分量指定がある。「グラス1杯の白ワイン」だ。日本語で「カップ1杯」といえば200mlだが、エスコフィエなどではグラス1杯はおおむね80〜100ml。17世紀には具体的にどの程度の量だったかは分からないが、ニュアンスとしては若干量と捉えていいだろう。
ラ・ヴァレーヌとの比較で言えば、ラ・ヴァレーヌの「ラグゥ仕立て」には香辛料を使う指示がきわめて少ない。これに対して、こしょう、ナツメグという具体的な指示があるのが興味深い。逆に言えば、この料理ではこしょう、ナツメグ以外の香辛料はまったく入れない、というやや穿った解釈も可能だろう。
マッシュルームが煮汁にもガルニチュールにも使われているのもポイントのひとつと言えるかも知れない。ラ・ヴァレーヌでもマッシュルームは頻繁に使われている。マッシュルームは17世紀に人口栽培されるようになった。当時としては比較的目新しい、「プレミアム」な食材のひとつだった。
本文の記述からは外れるが、エスコフィエの、たとえばガルニチュール・フィナンシエールなどがひとつでも構成要素が欠けたり、他のもので代用すると成立しなくなってしまうほど厳密なものであるのに対し、17世紀の料理書の場合は、ラ・ヴァレーヌが「適宜ガルニチュールを添える」というようなかなりいい加減な調子だったことを考えると、ある程度は自由にイメージしていいように思う。そういう意味では、アーティチョークなどは16世紀以降きわめて好まれる食材で、ベアティーユにも含めることが多かったから、この「山うずらのラグゥ仕立て」のガルニチュールにアーティチョークも加えると愉しいように思う。
- L’art de la cuisine française au XVIIe siècle, Payot, 1995, pp.262-263. ↩