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山うずらとちりめんキャベツ
山うずら perdrix (ペルドリ)…カタカナだと「ペルドロー」と呼ばれることも多いが、perdreau はその年に生まれた若いペルドリのこと。
ペルドリは羽の色で灰色と赤の二種がある。中世から猟鳥として好まれた。
シャルル・ペローの「長靴をはいた猫」(17世紀)でも、猫が「ふすま」を餌に罠を仕掛けて「鷓鴣」を獲る場面があるが、それがペルドリ。厳密に言うと「しゃこ」とペルドリは違う種類らしい。食文化史的にはこの場面のポイントはもうひとつ、「ふすま」を餌に使用するということ。ふすまは主として小麦の外皮部分だから、コメの「糠」に相当するけれど、「ふすま」を餌に出来るということは、それだけ小麦粉の精白度合いが高くなった時代背景があることを意味している。小麦を粉にするにはいろんな方法があるが、水車を同量く石臼を回して粉にして、それを篩にかけるという方法が代表的だろう。
19世紀、スタンダール『赤と黒』の冒頭で、粉屋の息子ジュリアン・ソレル(主人公)が、小麦粉まみれで真っ白になっている描写がある。この時代になると小麦の精白度合いはかなり高くなっていたわけだ。だから『赤と黒』は赤が軍服、黒が僧服を意味していると解釈するのが一般的だが、もうひとつ、粉屋の「白」もあったのだが、それでは小説にならないと作家は考えたのだろう。主人公を長男でないために粉屋の跡を継げないという、「長靴をはいた猫」と似たような設定になっている。
ちなみに、perdrix blanche, perdrix de neiges というと山うずらではなく「雷鳥全般」のこと。perdrix de mer は「アジサシ」、perdrix d’eau はソール(舌びらめ)やペルシュ(パーチ)を意味する場合もある。
山うずらといえば、ちりめんキャベツを使ったシャルトルーズ仕立てが有名だが、この料理は19世紀前半のボヴィリエが初出だったように記憶している。もちろんカレームの『19世紀フランス料理』にも出てくる。ただし、いずれも「シャルトルーズ」の語は料理名に使われておらず、たんに「山うずらとちりめんキャベツ」となっている。
注意してほしいのは、シャルトルーズというのは「仕立て」を表わす語であって、その仕立てはカレーム、エスコフィエを読むとわかるが、複数の種類の野菜とファルスを使う。だから、ペルドローとちりめんキャベツだけの組み合わせでシャルトルーズなんて謳うと、とんだ恥をかくことになる。
山うずらとちりめんキャベツの取り合わせで僕が知るなかでもっとも古い料理は17世紀ラ・ヴァレーヌのもの。
山うずらとちりめんキャベツのポタージュ 山うずらを掃除したら背脂のシートで胸をくるみ、腿を折り畳んで固定する。下茹でしてから別鍋に移し、ブイヨンを注ぐ。ちりめんキャベツを用意し、山うずらとともに煮る。火が通ったら溶かした背脂少量を加え、クローブ、こしょうで味付けする。パンを加えて弱火で煮込む。仔牛胸腺肉か、仔牛の腸詰を添えて供する。
ポタージュの概念がいまと違うことに注意。17世紀は、ポタージュが汁を味わう料理へと変遷しはじめた時代だが、ラ・ヴァレーヌの場合は中世的なポタージュつまり「煮込み」のニュアンスが強い。
それから、ちりめんキャベツは加熱に時間がかかるのであらかじめしっかり下茹でしておくべきだろう。もっとも、強い霜にあたったものであればすぐに火が通るから、下茹でが不要な場合もある。
ところで、日本の料理人さんはちりめんキャベツというととにかく緑の濃いものを望む傾向にあるが、そもそも結球野菜は、結球内部に日光があたらないわけだから内部まで緑が濃いなどということはあり得ない。ちりめんキャベツの場合は結球内部が黄色いのが品種として正しい姿。それに、結球野菜は外葉で光合成した養分を結球内部の葉に貯め込むわけだから、美味しいのは結球の中(黄色)のほうであって、緑色をした外側ではない。もちろんこれは理屈のうえでのことに過ぎず、どんな食材でも、料理する者や食べ手の主観、もっと言えば先入観によって「美味しさ」はかなり左右される。
もうひとつ、日本の白菜の品種には内部が黄色い「黄芯」と呼ばれるタイプのものが多いが、もともと中国から導入されたチーフー系品種はあまりきれいな黄色にならないので、きれいな黄色を出すために育種過程でちりめんキャベツが交配されているそうだ。
羊肉のラグゥ / アリコ
(承前)羊肉と蕪の煮込みが19世紀中頃からナヴァランと呼ばれるようになったことについては既に見たとおりだが、その前提としている「羊肉と蕪のラグゥという料理そのものはもっと古くからある」という事実については19世紀前半のカレームのレシピを引用しただけで、それ以上は踏み込まなかった。
僕が知るかぎり、羊肉と蕪の煮込みのもっとも古いレシピは17世紀ラ・ヴァレーヌ『フランス料理の本』に出ている「羊胸肉の煮込み」Poictrine de mouton en aricot だ。言うまでもなく aricot は haricot である。ところでこの場合の haricot は「いんげん豆」のことではない。「煮込み」のことだ。フランス語の大辞典 TLFi ではこの語は14世紀末の『ル・メナジエ・ド・パリ』に用例があると出ている。たしかにそのとおりで「羊肉のアリコ」が出ている。けれど、ギヨーム・ティレルの『ル・ヴィアンディエ』にも同じ料理が出ていて、こちらのほうが古い。というか、『ル・メナジエ・ド・パリ』のは『ル・ヴィアンディエ』をほぼそのまま写しただけのものだ。
さて、ラ・ヴァレーヌの「羊胸肉の煮込み」の作り方は…
羊胸肉をフライパンで炒め、鍋に入れてブイヨンを注ぎ、味付けする。肉に半ば火が通ったら、蕪を二つ割り(別の切り方でもいい)にして炒めて鍋に加える。豚背脂と小麦粉少々を炒めたもの、玉ねぎのみじん切り、ヴィネガー少々、ブーケガルニを加える。ソースが煮つまってから供する。
手順に多少の違いこそあれ、200年後のカレームの「羊肉と蕪のラグゥ」ととてもよく似ている。そもそもがシンプルな料理だからあまり変わりようがないという見方も出来るかも知れない。
「豚背脂と小麦粉少々を炒めたもの」は注目に値するだろう。後の「ルゥ」の原型とも呼ぶべきものが既に使われているのだ。もっとも、この小麦粉と油脂を炒めたものを17世紀にはルゥ roux とは呼んでいない。ついでだが、roux とはもともと「焦げたもの」のことで、その意味では「白いルゥ」roux blanc などは矛盾した表現ということになる。
もうひとつ注目しておきたいのは、料理名が en ragoust ではなく en aricot となっていることだ。既に書いたように、ラグゥという言葉は17世紀からのもので、ラ・ヴァレーヌではその用例が非常に多い。にもかかわらず、この羊肉の煮込みは en aricot という古い表現になっている。
ならば中世の「羊肉の煮込み」Haricot de mouton はどういうものだったか。『ル・メナジエ・ド・パリ』から引いておこう。
羊肉は適当な大きさに切り分け、茹でる。予め火を通しておいた玉ねぎの薄切りとともにラードで炒める。牛のブイヨンを注いでのばし、メース、パセリ、ヒソップ、セージを加えて煮る(ii-v-64)。
残念ながら蕪は使われていない。ただ、同じ『ル・メナジエ・ド・パリ』の蕪の項に「豚や牛、羊肉とともに煮る」(ii-v-54)と書かれているから、羊肉と蕪の組み合わせ自体は14世紀以前からあったのは確かだろう。
羊肉の「煮込み」を意味するアリコ haricot という語が、「いんげん豆」 haricot とまったく同じであることについても少し触れておこう。どうしてこのような現象が起きたかについてはいくつか説がある。少なくとも、アメリカ大陸原産のいんげん豆がイタリア経由でフランスにもたらされたのは16世紀のことだ。上で書いたように「羊肉の煮込み」のアリコのほうがずっと古い。
単純に、羊肉の煮込みにいんげん豆をよく用いたから、という説。もとからあったフランス語 haricot (古くは aricot)とは別に、豆のほうはアステカ語 ayacotl が語源だという説。いんげん豆の原産地の地名カルカッタ Calcutta を意味する Calicut がもとになったとする説(昔はアメリカ大陸とインドはしばしば混同された)… もっとも最後の説についてはかなり疑わしい。
いんげん豆はこんにちのフランスでもっとも好まれる豆類のひとつだが、中世から16世紀にかけては、もっぱらえんどう豆と蚕豆だった。いんげん豆がどのようにフランスの食文化に受け容れられ、根を下ろしたか、料理書のレヴェルで追ってみるのも面白いだろう。
ふたつのナヴァラン
羊肉のラグゥ(煮込み)はこんにち一般にナヴァラン navarinと呼ばれている。この名称の起源については主な説が2つある。
- 蕪 (navet) が語源。蕪を入れるのが定番だから。
- ギリシアの港ピュロスの別名 Navarin, Navarino が語源。1827年にイギリスとフランスの連合艦隊がトルコ、エジプト艦隊に勝利した「ナヴァリノの海戦」に由来する。
現在ひろく知られているのは(1)の説。ただ、素材を羊肉に限定するかについてはいくつか態度がある。ラルースの初版を現行版を比べても
- ラルース初版…ナヴァラン・ド・ムゥトンが標準。甲殻類や鶏のラグゥにナヴァランの名称を用いるのは誤り
- ラルース現行版…蕪が入っていれば甲殻類や鶏のラグゥでもナヴァランと呼んでいい
なお、ラルースは初版も現行版も(2)について言及さえしていない。
ファーヴルの「事典」(1884〜1895にかけて刊行)では、リトレというフランス語大辞典の navet の項目から中世フランス語 naviel の用例(蕪を入れた胸肉の煮込みに naviel が使われている)を引いて、navarin の語源だとしている。これが(1)の説として定着したように思われる。とはいえ、 naviel → navarin というのはちょっと無理があるような気もする… そもそも、ファーヴルの記述は料理名としての navarin という「語そのもの」と、羊肉と蕪のラグゥという「料理そのもの」の切り分けが曖昧な感じだ。
ファーヴルの説で面白いのは、もとは蕪と羊肉の煮込みだったのだが、パルマンティエによって普及したじゃがいもが蕪の代わりに入れられるようになったと書いてあるところか。たしかに、パースニップがじゃがいもに駆逐されてあまり食べられなくなったことを考えると、蕪→じゃがいも、の流れは自然かも知れない。
さて、フランス語辞書のレベルで言うと、navarin という単語の一般名詞としての用例は19世紀中頃からということになっている。羊肉と蕪のラグゥという料理そのものはもっと古くからあるわけだが、19世紀中頃に、その料理を「ナヴァラン」と呼ぶようになったということだ。
残念ながらラルースもファーヴルもそのあたりについては触れていないので、自分で調べてみることにする。
オドの La cuisinière de la campagne et de la ville という本は1830年代の初版から19世紀を通して何度も再版されたロングセラーで、増補改訂が繰り返された。版を重ねるごとに記述が増えているから、こういうことを調べるにはうってつけである。
この本の Haricot de mouton の項に、19世紀後半になると「こんにち使われている新しい料理名…ナヴァラン」Nouveau nom actuel: Navarin という記述が付け加えられる。僕が確認できた範囲では1858年以降1872年以前のこと。ポイントは「新しい」nouveau というところ。何の変哲もない Haricot de mouton という昔ながらの料理に Navarin という固有名詞を付けることで、ちょっとモダンな、おいしそうなイメージになったのか、いずれにしても「ナヴァラン」と呼ぶのが多少なりとも一般化した結果としての記述であるのは確かだろう。
つまり、羊と蕪(その他の野菜)の煮込みは、それまで Haricot de mouton / Ragoût de mouton / Hochepot などと呼ばれていたが、おそらく第2帝政期(1852〜1870)の頃、どういうわけか Navarin と呼ばれるようになったわけだ。
ではそれ以前に「ナヴァラン」という料理名がなかったのかというと、そういうわけでもない。カレームの『19世紀フランス料理』第2巻にルゥジェのナヴァラン(Grosse pièce de rougets à la Navarin, p.171)がある。エクルヴィスバターを加えたメルランのファルスでルゥジェを覆ったものに「オマールのラグゥ ナヴァラン」を合わせる。
カレームのラグゥ・フィナンシエールと同様に、オマールのラグゥ・ナヴァランもソースとガルニチュールの組み合わせに対してつけられた名称だ。19世紀のガルニチュールらしくクネルが入る。ただし、オマールのクネルではない。魚のクネル。魚のクネルとオマールのエスカロップそのほかがガルニチュールの要素。ソースは魚料理用ベシャメルをベースにしたもの。そもそもソースとガルニチュールのセットに過ぎないから長時間煮込んだりはしない。
カレームの『フランス料理』は1833年初版、つまり上記ふたつめの説にある1827年のナヴァリノの海戦と時間的にとても近い。だから、カレームが1827年の海戦を念頭にこのオマールのラグゥにナヴァランと名付けた可能性も否定はできない。
いずれにしても、まったく違う料理に「ナヴァラン」という名称が付けられているというだけのことだから、第2帝政期以降の「ナヴァラン=羊肉と蕪あるいはじゃがいものラグゥ」とカレームのラグゥは別のものとして切り離して考えるのがよさそうだ。
ところで、カレームでは羊と蕪のラグゥはそのまま、Ragoût ou haricot de mouton aux navets (羊と蕪のラグゥ / アリコ)という名称になっている(第4巻、p.35)。もっとも、第4巻はカレーム自身ではなくプリュムレが完成させたものだから、「カレームとプリュムレでは」という言い方のほうが適切かも知れない。
作り方は、適当な大きさに切った羊肉をバターで炒めて小麦粉を振り入れる。小麦粉が色付くまで炒めたらフォンを注ぎ、にんじん、玉ねぎ(+クローブ)、ブーケガルニを加えて煮る。蕪は鳩の卵くらいの大きさに形を整えてバターで炒め、砂糖を加える。ラグゥの煮汁を注いで煮る(原文は、蕪をラグゥに加えるのではなく、「ラグゥのソースを(トゥルネ)注いで煮る」となっている。蕪をラグゥの鍋に入れても結果は同じに思われるが…)。羊肉が柔らかく煮えたら、にんじん、玉ねぎ、ブーケガルニは取り除き、盛り付ける。
もちろん、現在の羊のナヴァランにとても近いのだが、ナヴァランと呼んではいない。こちらはオマールのラグゥ・ナヴァランなどとは違い、ことこと煮込んだラグゥである。
ひとは既に知っていることしか理解できないという残念な事実
ブログのアクセス解析を見ていてちょっと面白い現象を発見、というか確認。先日、続きもののエントリをふたつ 、『ル・ヴィアンディエ』のこととギヨーム・ティレルのブランマンジェというのをアップした。結果は「ギヨーム・ティレルのブランマンジェ」のほうのアクセス数がほぼ倍。
ああ、これはタイトルの「ブランマンジェ」という語に反応した結果なんだろうとすぐにわかった。逆に言うと、『ル・ヴィアンディエ』という語に対する反応はとても少ないということ。
Google の検索ヒット数はある程度、そのキーワードに対する関心、 認知の広がり具合を反映しているようで、 上の現象と見事に呼応する。
- ル・ヴィアンディエ…約500件
- ギヨーム・ティレル…約500件
- ブランマンジェ…625,000件
3ケタも違う。 「ギヨーム・ティレルのブランマンジェ」のページにアクセスしてくれた人も、ギヨーム・ティレルについては、ひょっとしたら現代の気鋭のシェフでそんな名前のひとがいるんじゃないかと勘違いされたのかも知れない。
「ブランマンジェ」のエントリの冒頭に、前のエントリへのリンクが貼ってあるのだけど、それを踏んだ形跡はほぼ皆無。つまり「ブランマンジェ」の記事は「期待外れ」だったということになるか…
ギヨーム・ティレルではなく別名のタイユヴァンをタイトルに書けば多少は結果が違ったかも知れない。あるいはブランマンジェのエントリから『ル・ヴィアンディエ』に対する関心につなげられるような書き方もあったかも知れない。でも、無償で、しかも気まぐれに書いているブログでそこまでする必要はないだろう。僕としては、結果として読み手の興味をひかなかったことが確認できただけで充分だ。
大原則というか、とても残念な事実として、「ひとは自分が既に知っていることしか理解できない」し、「知りたいと思うことは既に自身がそう望んでいる内容だから、何らかのかたちで既知の事象に過ぎない」というのがある。まったくの未知のものはスルーするのが普通なのだ。場合によっては「見なかった」ものとして意識から追い出されてしまう。
作り手なり情報発信者がこのことをまともに受け止めて、なおかつ「ウケる」ものを提示しようとすると、最大公約数にとって既知の事象に限定することになる。結果として、受け手の知識は広がらない。ウケるものばかりやっていたら、それだけ内容は痩せていく。水は低きに流れるものだから当然だろう。そして最後は澱むだけ。僕はTVを見ないからわからないが、書籍にしろ雑誌にしろ、料理でさえそういう傾向はことのところ顕著だ。
そんなわけで、続きとしてブルゥエについて書こうと思っていたけど、あえなく挫折した (笑
エスコフィエは冷製に冷淡?
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年10月号「ガランティーヌ」の補足記事です.
『ル・ギード・キュリネール』の「冷製」FROID の章(原書pp.697-714)は,今回の「ガランティーヌ」と,次号予告に出ております「パテとテリーヌ」(pp.697-704),「サラダ」(pp.705-714)で構成されています.ガランティーヌとパテとテリーヌを合わせてわずか8ページなんです.ガランティーヌについては,今回右ページに訳出したものと,左ページ上の表だけ.これで全部です.
パテとテリーヌもそうですけど,ガランティーヌって現代でもそれなりに作られますよね.というか,冷製料理は他にもいろいろある筈なのに,これだけ? って思っちゃいますよね.いえいえ,ちゃんと素材別のページに出てるんですよ.ブフ・アラモード冷製とかベカスのサルミ冷製とか…
実際のところ,初版では「冷製」はそれなりの分量(pp.579-630)があったんです.それが第二版でほぼ現状の,ガランティーヌ,パテ,テリーヌとサラダだけ残って,それ以外は素材別のページに移動しちゃったんです.
だから目次だけ見て,「あんまり冷製料理が出てないじゃん」って判断しちゃいけないわけです.
とはいえ,ガランティーヌの素材を家禽,猟鳥に限定しちゃっているのは時代性なんでしょう.『ル・ギード・キュリネール』より少し後の『ラルース・ガストロノミーク』初版(1938年)でも「肥鶏のガランティーヌ」の詳細なルセット2つの他は「おまけ」のように「うなぎのガランティーヌ」が出ているだけです.本来なら仔牛,仔豚,うさぎ等の素材でもガランティーヌは作りますからねぇ.現代のガランティーヌの直接的な原形のもっとも古いもののひとつは17世紀マシアロの「乳呑み仔豚のガランティーヌ仕立て」ですしね.
ルヴェテュとヴォリエール
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年9月号「ロティ(2)」の補足記事です.
この数年でしょうか,キュイジニエ諸氏のブログや Facebook で「ペルドロ入荷しました!」といった感じで,羽をむしる前の猟鳥類の写真をよく見かけます.ひと昔前だったら,多くの日本人にとっては「生々し過ぎ」て目をそむけたくなるような印象かも知れません.
もう15年以上前のことですが,フランスに留学していた頃,秋になると野生のうさぎが食肉処理されていない=毛皮がついたままの状態で肉屋の店頭に大量に積み上げられているのを見て軽くショックだったのを良く覚えています.そういう売り方をするというのはフランス語の教材か何かで見て知ってはいたんですけどね.
さて,9月号108ページの網掛け部分
中世には猟鳥類のロティは羽で飾って供した
解説にありますように,衛生面で問題があるからこんなことやっちゃいけません.論外です.でも,衛生面の問題を別にしたら,そういうのを「美しい」とか「美味しそう」とする食文化がフランスにあったということは知識としては持っていた方がいいでしょう.いい悪いの問題ではありません.文化というのは相対的なものですから優劣なんかないんです.日本だって魚介の活け造りや姿盛りが好まれたりしますから似たようなものです.
ひとつめの画像は『ラルース・ガストロノミーク』初版(1938年),2つめは L’art culinaire français (1950)からです.どちらもロティじゃないです.こういう仕立てを「ヴォリエール」 en volière と言います.単に盛り付け,装飾の問題ですから,シンプルな盛り付けをモットーとする『ル・ギード・キュリネール』には出ていません ((大皿料理の多い『ル・ギード・キュリネール』の,トリュフや茹でた卵の白身,赤舌肉=ラング・エカルラートなどで装飾する盛り付けの指示は現代の感覚からすると過剰に思われるかも知れませんが,それでも当時としては画期的なまでに簡略化されたものでした.)) .しつこいようですが,衛生面のリスクがありますから,絶対にこんな仕立てをやっちゃいけません.
残念なことに適当な画像が見つからないので,文字だけで説明しなければなりませんが,中世はもっと凄かったんです.まず,中世には現代ではフランス料理の食材として認知されていない白鳥,孔雀,こうのとり等のロティがとりわけ豪華な料理として好まれたということを頭に入れておいてください.
画像は14世紀末に書かれた『ル・メナジエ・ド・パリ』に出てくる,白鳥の羽をつけたままの皮を被せた仕立て(ルヴェテュ)です.両翼の付け根の間に管を差し込んで空気を入れて膨らませ,皮が肉から離れるようにする.これを腹の側から縦に切り開く.頸と手羽は皮の側に残すようにして,皮を剥ぐ.脚は肉の側につけておく.大串を刺し,弓形になるよう小串で形を整えて ((ラルデするという解釈もある)) こんがりと焼く.焼き上がったら皮をかぶせ,頸がまっすぐになるようにする.
なかなか壮絶(?)な仕立てですよね.白鳥だから大きいです.これをどーんとテーブルに置いてプレゼンテーションするわけです.どうやら17世紀くらいまではこういう仕立てが行なわれていたようです.ただ,皮はもちろん生ですから,そんなもの被せちゃったらせっかくこんがり焼いた肉の風味は損なわれますし,衛生上大問題です.論外です.当時はそういう認識はなかったとしても少なくとも美味しいものとは考えられていなかった.単に見た目が豪華なだけの,スペクタクルみたいなものだったようです.
だからでしょうか,白鳥は必ずこの仕立てというわけではなく,『ル・メナジエ・ド・パリ』でもこのルセットの直前に,普通に羽をむしってロティールする方法が出ています(頭部は羽をむしらないままとなっていますが).で,こういう仕立てにすることもあると言って「ルヴェテュ」が出てくるわけです.
この「ルヴェテュ」の仕立てはたんに「見た目の豪華さ」が主眼ですから,16世紀にイタリアから砂糖細工の技術が伝えられ,砂糖の彫刻などが作られるようになると,宴席の「華」はそちらに移行していきます.さらに時代が下ると氷の彫刻などがこれに取って代わった,と考えてもいいでしょうね.
白鳥つながりで連想されるのはエスコフィエのペーシュ・メルバ.オリジナルは氷彫刻の白鳥に盛り付けるんですよね.現代のペーシュ・メルバは白鳥の影もかたちもないのが普通だと思いますが,そもそもは,白鳥の騎士の物語であるワーグナーのオペラ『ローエングリン』のエルザを演じたネリー・メルバに捧げたデザートです.
ロティスールとは(2)
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年8月号「ロティ(1)」の補足記事です.
さて,お待ちかね(?)のロティスールという職業についてです. フランス革命の少し前,ルイ16世の時代にギルドが廃止されるまで,食にかかわる職業は職種ごとに組合があり,法律で取扱品目が限定されていました.言ってみれば独占販売権ですから,互いに利権争いをしていました.ブゥシェ boucher は牛,羊を屠殺して肉を販売する権利がある ((viande de boucherie は直訳すると「肉屋の肉」だから食肉なら何でも含まれるような気もするかも知れませんが,実際には牛,羊の肉しか指しません.豚やジビエが含まれていないのはこういう歴史的背景があります.)) .ロティスール rôtisseur はロティした肉ならどんな種類のものも販売していいが,ソースは売ってはいけない.トレトゥールはラグーを作って販売出来る.パティシエは肉を生地で包んで焼いたもの(パテ pâté )や生地を焼いた菓子を製造販売する.シャルキュティエ charcutier は豚肉および豚肉加工品を扱うが豚を屠殺することは出来ない…といった具合です.
ロティスールの組合は1509年にブゥシェから分化したかたちで成立しました.当初はプゥライユール poullaieur と言っていました.それ以前はブゥシェがロティを扱っていたということになりますね.実際,ブゥシェの組合は中世には4家が権利を独占していたが1481年以降,魚とシャルキュトリ,ジビエ,ロティスリ,内臓の販売権を失なったということです.
ついでに,シャルキュティエの組合の成立は1475年,パティシエは1440年です. ロティスールは素材を串(ブロッシュ broche)で刺して焼いていました.オーヴンは使いませんでした.というか使えなかったんです.肉を焼くのにオーヴンを使うのはパティシエだったんです.
画像は17世紀の戯画.ロティスールの使う道具(=串)と扱っている素材がよく分かりますね.
ところで,ロティスールとかパティシエといった職業名を名乗るのは親方だけです.その下で働く職人,徒弟はそういった職業名を名乗らなかった(許されなかった)ようです.また,利権がらみですから世襲が基本で,跡取りがいなければ娘婿(通常は徒弟の中で優秀な者)が継ぐといったケースが殆どだったようです.ロティスールにしろパティシエにしろ利権争いをするような組合組織があったわけですが,キュイジニエという言葉(古くはクー queue とかエキュイエ écuyer という言葉も用いられました)は「料理人」「料理をする人」という意味の一般的な名称でしたから,利権がらみの組合なんてありませんでしたし,料理人は誰でもキュイジニエと呼ばれていたわけです.
というわけで,もう一度ブリヤ・サヴァランの言葉を見てみましょう.
On devient cuisinier, mais on naît rôtisseur.
「(キュイジニエという職業は制限がないから)誰でもキュイジニエにはなれるけど,ロティスールは(組合やらいろいろ制限があって)誰にでもなれるものじゃない」というようにも解釈できなくはないわけです. ところがブリヤ・サヴァランのこの言葉,元ネタらしきものがあるんです.辻静雄は
これは分からん言葉ですね.四番目,十四番目と同じような何かのパロディというような気がしますが.岩波書店の『ギリシャ・ラテン引用語事典』というのをパラパラとめくっていましたら「高貴なる人は生まれる,作られず」なんてのが出ていましたから,こんなところが案外出所かもしれないと思いますね.(「ブリア-サヴァラン『美味礼讃』を読む」)
と書いています.そう,パロディなんです.前回のエントリで述べましたように『味覚の生理学』というのは基本的には「おもしろ読み物」なんです.だから遊び心があると考えるのが自然です. で,元ネタらしきもの.ローマ時代の政治家,文筆家キケロの
Nascuntur poetae fiunt oratores
フランス語だと
On naît poète on devient orateur
順は逆ですがよく似ていますよね.「人は生まれながらにして詩人だが,雄弁家には努力しないとなれない」くらいの意味です.これを踏まえてブリヤ・サヴァランの言葉を解釈すると… いや,パロディですし,そもそもアフォリズムという短文形式はひとつの限定された解釈をするのが非常に難しいというか,いろんな解釈が可能ですから,とりあえずこのくらいにしておきましょうか.
いずれにしても『ル・ギード・キュリネール』で引用されている文脈では「誰でもキュイジニエになることは出来るが,ロティールは生まれつきの才能次第だ」という意味です.そう解釈してやらないと『ル・ギード・キュリネール』の方を読み間違えることになってしまうのでご注意を.
ロティスールとは(1)
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年8月号「ロティ(1)」の補足記事です.
ブリヤ・サヴァランの有名なアフォリズム
誰でもキュイジニエになることは出来るが,ロティールは生まれつきの才能次第だ
もうちょっと分かりやすく書き直すと
料理ってのは誰でもやれば出来るようになるけど,ロースト(ロティール)だけは才能がモノを言う
って感じですが,こんなこと言われたらそりゃ気になりますよね.エスコフィエも相当に気になっていたようで,このアフォリズムを引用していますが,驚くべきことに初版と第2版以降ではニュアンスが随分と違うんです.そこで今回の連載記事では「ロティ」の冒頭部分を初版と最終版の両方訳出しておきました.
初版の方は,ロティールについてはどんなに頑張っても素養がなければどうにもならない,という立場です.人によってはには絶望的(?)な宣告かも知れません.一方で,第2版以降は「ほんのわずかの素養さえあれば」努力次第でどうにかなる,と言っています.
どうして『ル・ギード・キュリネール』の記述が180度ニュアンスを変えたのかはわかりません.が,ブリヤ・サヴァラン『味覚の生理学』という本は本質的には「面白読み物」であって,科学的な分析の本でもないし,料理の聖典でもないんです.このあたりがどうも誤解されやすいようで,ウィキペディアには
『美味礼讃』は直訳のタイトルに<味覚の生理学>とあるように、学問書を意図している
などと書いてありますが,実際にじっくり読んでみると全然学問的じゃないんですよ.部分的に学問的であるというポーズはとっていますけどね.
そもそもこの『味覚の生理学』Physiologie du goût, ou méditations de gastronomie transcendante は1826年,著者の最晩年に匿名で出版されたんです.ポイントは匿名だったということ.ブリヤ・サヴァランという人は法律家で,専門の法律関係の著作はちゃんと本名で出していました.つまり『味覚の生理学』は本名で出せるような本じゃない,ということだったんです(少なくともブリヤ・サヴァラン自身はそう考えたわけです).
実際,タイトルに「生理学」と謳ってはいますけど,内容は文字通りの生理学とは何の関係もない.甘味,塩味,苦味…といった味を舌や口腔で関知する生理メカニズムなんかまったくお構いなしです.食に関連する蘊蓄,逸話,独自理論の展開…がこの本の中心です.まぁ,エッセーみたいなものです.
出版直後からそこそこヒットしたみたいで1834年には第4版が出ています,さて,この本を気に入ったバルザックという小説家が1829年に『結婚の生理学』Physiologie du mariage ou méditations de philosophie éclectique, sur le bonheur et le malheur conjugal, publiées par un jeune célibataire という本を出します.フランス語の題名がそっくりですよね.ここまで似ているとオマージュなんだかパロディなんだかわからなくなりそうですが,この本がまたそれなりにヒットしまして,柳の下のドジョウよろしく,その後同じようなタイトルの本がぞろぞろ出版されます.「床屋の生理学」「お妾さんの生理学」「歌の生理学」「パリの全劇場のロビーの生理学」「ブゥローニュの森の生理学」… まぁ現代では文化史研究でもしないかぎりどうでもいいと言われかねないような本ばっかりなんですが,「生理学モノ」という1ジャンルを築いたと言ってもいいわけです.
『味覚の生理学』はそういうわけで,書いてあることを何でも額面通りに鵜呑みにしちゃうと,とんでもない誤解をするような本なんです.
さて,問題の「誰でもキュイジニエになることは出来るが,ロティールは生まれつきの才能次第だ」ですが,原文は
On devient cuisinier, mais on naît rôtisseur.
アフォリズムは日本語で「警句」とも言いますが,「思考や観察の結果を簡潔な形で,皮肉に,しんらつに,諧謔的に述べたもの」です.短かい表現で説明がないわけですから,いろんな解釈が出来る場合も多い.で,混乱しちゃったりするんですよね.このアフォリズムの一般的な解釈は上で書いたように「誰でもキュイジニエになることは出来るが,ロティールは生まれつきの才能次第だ」となります.
でも,他の解釈も可能なんですよね.色々考えさせられる.そういう仕掛けになってるんです.そのためには「ロティスール」rôtisseur とは何なのかということを知る必要があります.
というわけでこのエントリ,次回に続きます.
ポワレ
「専門料理」連載「エスコフィエを読む」2013年5月号「ポワレ」の補足記事です.
訳注でも書きましたが,ひょっとしたら『ル・ギード・キュリネール』でもっとも理解しにくい部分かも知れません.こんにち一般的な「ポワレ」の意味,つまり「(魚の切り身などを)フライパンで焼く」とはまったく違います.
困ったことに,『ル・ギード・キュリネール』ではこの「ポワレ」がとても多いんです.例えば牛フィレ (pp.423-429).全部で45のルセットがありますが,そのうち何と25に「ポワレ」の指示があります.そのさらに半数近くは「ポワレまたはロティールする」となっています.
この「ポワレまたはロティールする」というのは重要ポイントです.『ル・ギード・キュリネール』ではポワレとロティールというのは非常に近い性格のものだということを表してるんです.
というわけで,5月号 p.114 をもう一度よーくお読みください.『ル・ギード・キュリネール』ではあくまでも,ポワレはロティの一種なんです.このあたりをしっかり押さえておかないと,『ル・ギード・キュリネール』の他のページでとんでもない読み間違いをしてしまうことになります.その結果「『ル・ギード・キュリネール』なんて古すぎで実際に料理出来ないじゃないか」などというイチャモン,いえ本当のところは無知を公言するようなことを言い出しかねない… とっても恥ずかしいことなんで気をつけましょうね,未来のシェフの皆さん (^ ^
『ル・ギード・キュリネール』のポワレでもっとも重要なポイントはマティニョンを使うことです.19世紀までは,このマティニョンに相当するものを「ポワル」poêle と呼んでいました.「フライパンの中身」というのがもともとの意味です.だから,このマティニョンは単に香味野菜を切っただけのものじゃなくて,ちゃんと予め加熱したものを使うのが原則です.
『ル・ギード・キュリネール』では加熱の際に水分を加えないと強調されていますが,実はカレームあたりだと水分を加えちゃったりします.水分を加えたらブレゼと同じじゃないか,とも思いますが,目指す火入れがそもそも違いますし,ソースとの関係もまったく違うわけですから,同じということにはならないでしょう.
『ル・ギード・キュリネール』のポワレは絶滅危惧種(?)みたいに言われることもあるようですが,今回訳出した「仔鴨のエギュイエット ビガラード風味」もポワレなんですよね.そういう意味では完全に廃れてしまったわけでもないと思います.まぁ,コストや作業効率などの関係でいろいろ簡略化せざるを得ないんでしょうが…