カテゴリー: フランス食文化史

  • アルトゥージを読め

    ある料理雑誌のイタリア料理特集号の表紙に掲げられた一文。編集部からの依頼で「イタリア料理特集」にふさわしい言葉として僕が選んだ。

    La cucina è una bricconcella; spesso e volentieri fa disperare, ma dà anche piacere, perché quelle volte che riuscite o che avete superata una difficoltà, provate compiacimento e cantate vittoria.

    ペッレグリーノ・アルトゥージ(1820〜1911)の主著『料理学』 La Scienza in cucina e l’Arte di mangiar bene (1891) 序文の言葉だ。『イタリア料理大全』のタイトルで日本語訳が出ている。

    ©︎2016 Manabu GOTO

  • キクイモのピュレ

    DSCN1233

    寒さが厳しくなり、キクイモがおいしい季節だ。キクイモはフランス語で topinambour イタリア語で topinambur どちらもカタカナ書きすれば「トピナンブール」。赤皮種と白皮種があり、ヨーロッパでは赤皮が主流、日本では白皮だほとんどだと思う。が、皮の色の違いだけで、品種間差はほぼないと言っていいだろう。以前、ある料理人さんから「輸入ものに比べると粘りがない」と言われたことがあるが、たんに水分量の違いだけだと思う。

    さて、どんなにたくさん料理書を読み込んでいても、僕が料理の素人であることに変わりはない。そして、素人料理を衆目に晒す趣味はないのだが、キクイモのピュレの作り方を一応書いておくことにする。エスコフィエ『料理の手引き』のレシピがベースだ。

    (さらに…)

  • サヴォイキャベツやカーヴォロ・ネーロの火入れ時間を短かくするには

    chou vert ©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    chou vert ©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO

    小ネタ、というか Tips である。

    サヴォイもカーヴォロ・ネーロもなかなか柔らかく火が通らない野菜だ。サヴォイは最低2〜3時間、カーヴォロ・ネーロはその1.5〜2倍の時間をかける必要があると答えることにしている。もっとも普段、尋ねられなければいちいちそんなことは言っていない。

    昔からある話題なのだ。高度成長期に西洋野菜の普及に尽力した大木健二の著書にもサヴォイの話が出てくる。

    得意先のレストランのシェフに「おやじさん、二時間も煮込んだのに味が染みこまないよ」と、噛み付かれました。長時間煮込まないとダメと言っておいたのに、向こうも料理人としての意地があるものだから、我流を通したのでしょう。この野菜を煮込むにはタップリ四時間。普通のキャベツならとろとろになってしまう時間でも煮崩れしません。(大木健二『大木健二の葉菜ものがたり』日本デシマル、p.84)

    だが、ガルビュールやリボッリータを毎日延々と煮込んでいるならともかく、忙しい調理現場ではそんな悠長なことは言っていられぬかも知れない。

    解決方法は存外簡単だ。基本的にはふたつある。

    1. 圧力鍋を使う
    2. 厳寒期の露地栽培で、強い霜に何度もあたったものを使う

    ひとつめ。圧力鍋などない! という調理現場もあるだろう。が、なによりも、調理方法が限定されてしまうという欠点がある。

    ふたつめ。時期がとても限られてしまうのが問題なのと、霜によってダメージをうけているからあまり見た目がよろしくなくなっていることもある。そうなると、検品をする者に知識がなければ納品時にはねられてしまうかも知れない。

    というわけで、第3の方法

    • いったん冷凍してから調理する

    上のふたつめの状況を人工的に作りだせばいいのだ。ただ、どの程度冷凍すればいいのかは品種や冷凍庫の能力(仕様?)によって異なるから試行錯誤は必要だろう。

    水は凍ると体積が増える、つまり膨張する。植物の細胞は細胞壁という殻のようなもので覆われている。中の水分が凍って固体として膨張すればタイヤのパンクのようなことになる。細胞壁に傷をつけるわけだ。そうすると火の通りが早くなる。

    注意したいのは、凍って膨張した水分が解凍後、細胞壁の傷を通って流れ出てしまいやすくなるということ。いわゆるドリップとおなじことが起こる。野菜の場合は目に見えて水分が流れるケースは少ないからわかりにくいかも知れぬ。もちろん程度問題なのだが、極端な場合はスポンジ状になってしまい、すかすかでちっともおいしくないものになりかねない。だから、どの程度凍らせたらいいかは何度か実験したほうがいいだろう。

    僕は使ったことがないのでわからぬが、ショックフリーザーならこのあたりの問題はコントロールしやすいような気がする。

    cavolo nero ©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    cavolo nero ©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO

    ©︎2016, 2023 Manabu GOTO

  • キャベツのクーリビヤック

    書きかけの文章がいくつもあるのだが、このところあまりの忙しさとストレスですっかり放置してしまっている。ハウスの再建作業と畑仕事だけならいいのだが、農協の部会がらみなどで出掛ける用事が多く、根っからの引きこもり体質にはひどく堪える。

    言い訳や愚痴はさておき、以前 coulibiac についてかんたんに書いた。その補足である。まったく別の調べもので PC に保存してある料理書の PDF を渉猟していたら(なにしろ25GB以上あるのだから文字通り渉猟だ)、1860年出版の『ロシアのガストロノミー』Gastronomie en Russie という本を見つけた。第二帝政期(1852〜1870)はロシア料理がフランスでブームだったという内容を書いておきながら、この本のことをすっかり失念していた。

    (さらに…)

  • ビスク(1)

    ある料理人さんから鳩のビスクについて知りたいと言われた。が、ビスクというのは歴史的なところを説明するには意外と大物で、きちんとやると相当な分量になってしまう。とりあえず、概説というかイントロダクションというか、さっと書けるところだけまとめておく。タイトルに(1)と記したが、(2)以降を書くかどうかはその料理人さん次第ということになるだろう。

    (さらに…)

  • クリビヤック coulibiac, koulibiac, koulibiak, кулебя́ка

    僕の野菜を使ってくれている料理人さんが coulibiac de saumon の起源を知りたいというのでメールに書いたのだが、せっかくなので、すこしばかり増補してブログにも投稿しておく。

    (さらに…)

  • 17世紀の料理書を当時の版で読めるようになるには(2)仔鳩のビスク

    前回につづけて、ラ・ヴァレーヌ『フランス料理の本』1651年版を題材にする。

    ビスクというと、現代ではエクルヴィスをはじめとする甲殻類のポタージュのことだ。が、そもそもは鳩などの鳥類の煮込み料理を意味した。bisque という語の初出はマレルブという詩人の著作らしいから、ラ・ヴァレーヌよりも数十年遡る。

    la_varenne_le_cuisinier_francois_1651-20

    (さらに…)

  • ベーコン、ラード、豚背脂

    1年ほど前に書いて、思うところあって非公開にしていた投稿だが、再度公開してみる。


    フランス語を学びはじめた頃、「フランスにベーコンはない」と授業で教わったのを憶えている。ごく普通のフランス語の授業だったから、教師の雑談だったと思う。

    (さらに…)

  • 17世紀の料理書を当時の版で読めるようになるには(1)活字、綴りの違い

    上級編である。フランス語初心者は読まないように。

    そこそこフランス語でレシピが読めるひとでも、100年あるいはそれ以上昔の料理書となると尻込みすることが多いようだ。

    だが、楽なものばかり読んでいても、いっこうに語学は上達しない。あるところで思いきって多少は「難しい」ものに挑戦してみることも必要だろう。身体的トレーニングとおなじで、適度な負荷はレベルアップへの近道なのだ。

    というわけで、はたしてそんなニーズがあるのかどうかさっぱりわからぬが、17世紀の料理書の読みかたをすこし解説してみようと思う。僕としては、料理のアイデアの宝庫だと思っている。現代と違ってあまりかっちりとレシピが書かれているわけではないが、かえって想像力がかきたてられるかも知れない。

    (さらに…)

  • Sou-Fassum プロヴァンス風シューファルシ

    ちょうどいまセットに入れている野菜をつかう料理なので記しておく。Sou-Fassum は現代の標準フランス語の感覚だと「スーファソム」と読みたくなるが、プロヴァンス語なので、「スーファスム」あるいは「スーファスン」となるようだ。以下にエスコフィエのレシピをざっと訳出しておく。

    (さらに…)