投稿者: Manabu GOTO

  • サヴォイキャベツにみる持続不可能性

    サヴォイキャベツ Piacenza 生育中 ©︎2023 Manabu GOTO
    サヴォイキャベツ Piacenza 生育中 ©︎2023 Manabu GOTO

    2023年に栽培しているサヴォイキャベツの品種はヨーロピアンサボイ(朝日工業)というのだけど、この品種はメーカー廃番になって久しい。次の「使い物になる」品種を探さなくてはいけない。そんなわけでググってみたら入手しやすいのは早生品種ばかり。

    日本の蔬菜園芸、野菜栽培業界の悪いところ。すぐ早生品種を使いたがる。そりゃ、早く出来上がるからコスト面で有利なのは確か。でも味とクオリティがねぇ……日本の種苗会社が開発した品種は変に手を加えられちゃってて、はっきりいって見た目だけ。ヨーロピアンサボイを気に入って使ってたのも、以前にメーカーの担当さんにしつこく尋ねたらイタリアの会社のものを「そのまま」つまり名前だけ変えて売ってるというから。

    ヨーロッパの種苗メーカーから小袋種子を輸入して販売しているところもあるけど、そこの扱い種子は管理が悪いのか発芽しない確率が非常に高い。経験的に「発芽すればラッキー」くらいの感じ。だから種子寿命の短い品目は避けたほうが無難。サヴォイキャベツ の場合、晩生のF1品種がいいんだけどいままでのところラインナップは固定種がメイン。

    となるとヨーロッパの種苗店から直接買えばいいんだけど、日本政府による植物検疫法の運用がとても厳しいから生産者個人での輸入は絶望的。なにしろ検疫を通すために必要な書類だけで50〜100ユーロはかかる。種苗店に書類を作ってもらうんだけど、小ロットだとかなり嫌がられる。断られたこともある。

    というわけで現状ほぼ手詰まり。いずれは「まともな」サヴォイキャベツを日本国内で作れなくなるだろう。

    いまの日本ではフランス・イタリアで一般的なヨーロッパ品種の野菜なんてほぼ見向きもされないのが現実。なにしろフランスの超大物シェフが広告塔なんだか采配をふるってるんだか知らないけどそのシェフを全面に出したイベントで「和食材」がもてはやされるというかイベントの参加条件にされちゃってるくらい。

    政府機関をはじめ皆さんSDGs大好きみたいだけど、少なくともヨーロッパ品種の野菜を日本で栽培して高品質なものを提供するってのはその対象外なんだろう。僕の領域に関してだけだがちっともサスティナブルじゃない。

    ま、サヴォイキャベツに関しては冬はヨーロッパ、夏はオーストラリアから大量生産品が空輸されてる。大規模農業は環境負荷がとんでもないし、空輸なんてフードマイレージがすごいことになってるんだけどね。あるいは、副業的に「おしゃれ野菜」を作ってる野菜生産者が直売所などにアホみたいに安価に出してるから、「高品質」にこだわらず見ためだけ整ってればいいってことなんだろう。

    こういう状況を変えるのはやっぱり「数の力」。とりあえずはいま販売しているサヴォイキャベツだけでも売れてくれるといいんだけど……

    画像はPiacenzaという晩生、固定種。発芽率は悪いし生育も不揃い、形質もなんかバラバラ。完成までまだまだだけど、ここまでの印象は最悪。(20230813)

    ©︎2023 Manabu GOTO

  • カーヴォロネーロ

    Cavolo nero ©︎2023 Manabu GOTO
    Cavolo nero©︎2023 Manabu GOTO
    • フランス語名 chou palmier
    • イタリア語名 cavolo nero
    • 英語名 Lacinato kale, Tuscan kale, Italian kale, dinosaur kale, kale, flat back kale, palm tree kale
    • 日本での別名 黒キャベツ、カーボロネロ

    結球しないキャベツの仲間(非結球キャベツ)でサヴォイキャベツのように葉が縮れています。近年は葉が幅広のものも少なくありませんが、細長い形状が一般的です。ブルームが強く、滑らかな質感です。

    イタリア、トスカーナの地方料理リボッリータがとりわけ有名です。とても煮崩れしにくいのでむしろそれを長所として生かすのがいいでしょう。

    細長く縮れた葉の「見ため」にとらわれないのが調理を成功するためのポイント。

    カーヴォロネーロ Cavolo nero ©︎2023 Manabu GOTO

    カーヴォロネーロ Cavolo nero ©︎2023 Manabu GOTO

    (©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO)

     

    ¥900¥3,600 (税込)続きを読む

  • サヴォイキャベツ

    サヴォイキャベツ
    サヴォイキャベツ
    • フランス語名 chou vert, chou de Milan
    • イタリア語名 cavolo verza
    • 英語名 savoy cabbage
    • 学名 Brassica oleracea
    • 日本での別名 ちりめんキャベツ

    フランスやイタリアでたんにキャベツ chou, cavolo というとこのタイプを指します。日本で一般的なキャベツはむしろザワークラウトなどの漬物用かコールスロー用と認識されることが多いようです。

    長時間加熱しても煮崩れないのが特徴ですが、逆にいえば柔らかく調理するには長時間の火入れが必要で、古いレシピでは下茹でに1時間、ブレゼに2〜3時間かけるよう指示されています。

    ただし、厳冬期に強い霜にあたったものはとても早く火が通るので、これを利用してあらかじめ冷凍庫で凍らせてから調理すると火入れ時間は格段に短かくすることができます。

    日本の種苗会社では白菜の育種素材(交配材料)として用いられているそうです。葉の縮れが強く内部が黄色い黄芯白菜の多くには交配によりサヴォイキャベツの遺伝子が入っているらしいです(伝聞なのはどの種苗メーカーも育種の詳細を社外秘にしているため)。このため日本の種苗会社のサヴォイキャベツの品種は葉の縮れと内部の色合いにフォーカスをあてて開発されており、ヨーロッパで伝統的なサヴォイキャベツの味わいは残念ながら犠牲になっているようです。

    ヨーロッパはもちろん、アメリカ大陸、オーストラリアでもサヴォイキャベツは大規模機械化栽培が進んでいます。したがって、輸入品はほぼ確実に大量生産品です。

    ごとう菜園のサヴォイキャベツは播種、水やり、施肥、定植、防除、収穫すべて手作業です。宅急便での配送を考え、きれいでなおかつ小さく作れるぎりぎりのサイズに仕立てています。日本のフランス・イタリア料理で使いやすいことを念頭に試作を重ねて品種選定をしています(2023年はヨーロピアンサボイ90、メーカー廃番のため種子の寿命がきたら再度品種選定します)。

    自信をもってお勧めできる高品質のサヴォイキャベツです。ワンランク上の料理を目指すキュイジニエ、クォーコの皆様はぜひお試しください。他と一線を画す皿になります。

     

    エスコフィエ『料理の手引き』のレシピ(おもなもの)

    • スープ・アルビジョワーズ
    • スープ・フェルミエール
    • ガルビュール・ベアルネーズ
    • スープ・グランメール
    • サヴォイキャベツのポピエット
    • ソシス・キャベツ添え
    • フザン・シャルトルーズ
    • ペルドロー・シャルトルーズ
    • ペルドリとキャベツ
    • キャベツ・アングレーズ
    • キャベツのブレゼ
    • キャベツ・ファルシ
    • スーファスム・プロヴァンス風
    • ガルニチュール用キャベツ A B C

    ¥3,800 (税込)続きを読む

    ©️2023 lespoucesverts Manabu GOTO

  • ビーツ キオッジャ

    ビーツ キオッジャ
    ビーツ キオッジャ
    • フランス語名 betterave Chioggia
    • イタリア語名 barbabietola Chioggia
    • 英語名 table beet Chioggia

    ビーツのなかでもクセのない甘さでとても食べやすい品種です。ヴェネツィアに近い地名オッジャを冠した地方品種です。

    切り口が紅白のきれいな年輪状であることからかつて日本でも流行りましたが、生のまま薄くスライスして料理の飾りにするようなひどい使い方がはびこったためにしばらく栽培をやめていました。きちんと加熱調理すればとても美味しく、色合いもどぎつい赤ではなくオレンジがかった薄いピンクの綺麗な色合いになります。

    下処理はよく洗ってからアルミホイルで包んで、180〜200℃のオーブンに入れます。200gあたり50分程度加熱してください。火入れしたら皮は手で簡単にむけます。シンプルにオリーブオイルとバルサミコ酢、塩で食すのも美味です。

    ビーツ キオッジャの下処理
    ビーツ キオッジャの下処理
    アルミホイルで包み200℃のオーブンで50分加熱したビーツ キオッジャ
    アルミホイルで包み200℃のオーブンで50分加熱したビーツ キオッジャ
    • ビーツの塩釜焼き(アラン・パサールによって有名になったとてもシンプルなレシピ。リンク先はキオッジャを使用しているようです)

     

  • グリークバジル

    グリークバジル
    グリークバジル
    • フランス語名 basilic grec
    • イタリア語名 basilico greco, basilico fino a palla
    • 英語名 greek basil
    • 学名 Ocimum basilicum
    • 日本での別名 バジリコナーノ ブッシュバジル

    スイートバジルと比べて一枚一枚の葉がとても小さく、香りもさわやかなバジルです。

    ※バジルは急激な温度変化に弱いので基本的には涼しい場所で常温保存してください。どうしても冷蔵保存する必要がある場合には新聞紙などでくるんで冷気の弱い場所を選んで保管してください。

    ※比較的容易に鉢植え、プランター栽培できます。トキタ種苗「バジリコナーノ」の商品名で小袋の種子が市販されています。

  • アリコブール

    アリコブール
    アリコブール
    • フランス語名 haricots beurre
    • 英語名 yellow wax beans
    • 学名 Phaseolus vulgaris
    • 日本での別名 アリコブール、バターいんげん、黄色いんげん

    さやいんげんのうち、薄い黄色に仕上がる品種です。細くて柔らかいうちに収穫可能な品種 Minidor を使っています。

    基本的な使い方は緑色のアリコヴェール haricots verts と同様です。さやの上下をハサミ等で切り落としてから柔らかく下茹でしたのちに調理します。日本で一般的なさやいんげんと比べ、柔らかくて甘みがあり、とても美味です。皿に盛り付けたときの見栄えもいいです。

    アリコブールの花
    アリコブールの花
    アリコブールのさやははじめ緑色
    アリコブールのさやははじめ緑色

    ©︎2023 lespoucesverts Manabu GOTO

  • ルーコラ・セルヴァティカのスパゲッティ(お手軽バージョン)

    spaghetti con rucola selvatica

    ルーコラ・セルヴァティカのスパゲッティ(画像は2人分)

    野菜農家の直売アイテムとしてひっそり定着した感もあるルーコラ・セルヴァティカ。ごまを思わせる強烈な香りと独特な風味で知られ、サラダや皿の『あしらい』的に使われることも多いようだ。

    ただ、強い香りと風味は刺激になるからあんまり大量には食べられないのが難点。ビタミン豊富な葉野菜だからたっぷり食べたいところ。

    この野菜のポイントは

    • 加熱すると香りと風味が瞬間的に失われる
    • 抽苔茎(花がつく茎)は固くて食べられたもんじゃない
    • 黄色い花はルーコラらしい風味があって美味(1人分)

    1人分の材料

    •  ルーコラ・セルヴァティカ 50g
    • トマトソース
    • スパゲッティ 70〜100g
    • 塩、こしょう

    作りかた

    1.  ルーコラ・セルヴァティカは水でよく洗う。柔らかい小さな葉は別に取り置く(ポイント!)のこりは2cmくらいの長さに刻む
    2.  パスタを茹でる。トマトソース (グーグル検索)をつくる。
    3.  スパゲッティが茹で上がる30秒前に刻んだルーコラを鍋に投入。パスタの茹で上がりは固めにするといい。
    4. スパゲッティとルーコラをザルにあけ、トマトソースのフライパンに投入。よくあえる。
    5. 生の柔らかいルーコラの葉をトッピング(大事なポイント!)

     

    ※ようするにスパゲッティ・トマトソースにルーコラを加えただけ。レトルトのトマトソースを使ってもいいが仕上がりはそれなりだろう。逆に言うと美味しくつくるには手際とセンスのよさがとても大事。

    ※トマトソースは一人あたりトマト水煮缶50g+にんにく ¼片(スペイン産)+とうがらし(カイエンヌにかぎる)¼+オリーブオイル+塩、こしょうでつくった分量が目安。不思議なことに、トマトが主材料にもかかわらずにんにくととうがらしで決まる。

    ルーコラ・セルヴァティカ
  • エルバステッラのフリッタータ

    frittata con erba stella minutina

    どうしていいのかわからない、皿の飾りにしかならないという声もちらほら耳にするエルバステッラ。もとはイタリアのものだから、プロとはいえフランス料理が専門だといたし方ないのはしょうがないのだろう。

    だがイタリア料理はフランス料理の近接領域。いまやルーコラ・セルヴァティカがあたりまえにフランス料理で用いられているのだし、エスコフィエ『料理の手引き』ではパスタとリゾットに相応のページを割き(原書で計8ページ)、ダンバルにフォンセ生地ではなくマカロニを使ったり、イタリア料理由来のレシピを数多く収録されてるくらいだ。

    エルバステッラは日本の種苗会社が小袋の種子を販売してるからそこそこ日本でも知られるようになったかと思いきやあいかわらずまったく無名の様子。甘くておいしいといったたぐいのものじゃないから葉菜としてメインストリームにはのれそうにないけど、独特の歯ごたえと風味を愉しむ、いってみれば余裕のある都市生活者だからこそ田園や田舎に惹かれるような、魅力ある野菜として認知されることが願われる。漢方薬や健康食品の原料として用いられるオオバコの一種だからそういうイメージを付加することももちろん可能だろう(個人的にあまり好きな手法ではないが)。

    さて、美味しく食べる方法だ。若くて新鮮な葉はそのまま生でサラダのいいアクセントになるが、ポイントをおさえれば簡単に前菜1皿仕上がる。以下はその一例。ちょっとやそっとの加熱でエルバステッラ独特の歯ごたえが失われることはないので、多少雑にやっても大丈夫。

    (2〜4人分)
    * エルバステッラ 50g
    * 全卵 4
    * 塩、こしょう 適量
    * 粉チーズ 適量
    * オリーブオイル 適量

    1. エルバステッラはよく水洗いして、沸騰した塩湯で下茹でする(塩1%)。再沸騰したら取り出してザルにあける。
    2. 冷めたら適当な長さに切る(1cmくらい)
    3. 卵を解きほぐし(できたら網で漉す)、エスバステッラ、塩、こしょう、粉チーズを加えてよく混ぜる。
    4. フライパンにオリーブオイルを引いて卵液を流し入れる。
    5. 蓋をしてごく弱火で加熱する(オーブンに入れるといい)。オーブンを使わない場合は適当なタイミングで裏返して蓋をし、ふんわり火を入れる。

    ※ポイントは下茹で。手抜き料理とはいえこれだけは絶対に省略しないこと。
    ※キッシュのアパレイユのように、卵液に生クリームなどを加えてもいい。
    ※いまどきの「甘くておいしい」ような葉野菜ではないのでそういうのを期待するひとにはおすすめできない。独特の歯ごたえと野趣あふれる風味、つまりいまどきの葉野菜にない「草」な感じを楽しんいただきたい。(©2023 Manabu GOTO)

    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
    エルバステッラのフリッタータ©2023 lespoucesverts Manabu GOTO
  • 野菜つくりのこだわり

    大切にしているのは手段を目的化しないということ。有機でも減農薬、無農薬でも本質的には手段あるいはその手段によってもたらされる結果に過ぎないと考えています。近代有機農法の創始者とされるイギリスのアルバート・ハワードは著書『農業聖典』An agricultural testament (1940)において、赴任先インドでの農業生産力向上に取り組み、その過程で堆肥を積極的に使用することで生産高が上がるから窒素肥料など不要でしかも病虫害にも強い作物を栽培できると記しています。「有機」はあくまでも生産性向上のための手段のひとつだったわけです。ところが現代では「有機」であることそれ自体がまるで目的になっているかのような状況が多々あります。

    僕の野菜つくりの目標、目的はフランス料理、イタリア料理の文脈に沿った、プロの調理技術に応えられる食材としてのおいしい野菜です。有機、無農薬、減農薬、自然農法などを目的にはしません。

    西洋料理のためのおいしい野菜を実現することを目標に、いろいろこだわっています。

     

    1.野菜品種にこだわる

    野菜の品種による違いは一般に思われている以上に大きいです。ヨーロッパの固定種中心、ただしF1は否定しないという方針で栽培品種を選定しています。ゆっくり生育させたほうがおいしくてクオリティの高い野菜ができるので、早生品種よりは晩生品種が中心です(つまり栽培に時間がかかります)。

    2.栽培方法にこだわる

    雨よけハウス……季節を乾季、雨季でいうならフランスなどは夏に乾季、冬に雨季です。つまり日本と逆です。高温期に雨の多い日本でフランスとおなじように野菜をつくることはできません。見た目はどうにかなっても味、香りの面でクオリティが落ちてしまいます。このため、水分コントロールしやすい雨よけハウス栽培を基本としています。無加温のポリハウスなのでフランス語だとgrand tunnel(大トンネル)と呼ばれるものに相当します。

    肥料……科学的に立証されてはいないと思いますが、化学肥料とりわけ窒素などの単肥は微量成分とのバランスを崩し、味に影響をおよぼす気がしています(あくまで個人の主観です)。だから施肥は鶏ふん、油かすなどの有機質肥料と苦土石灰です。いわゆる化学肥料は使いません。

    病害虫防除(農薬)……有機リン系およびピレスロイド殺虫剤は使用しません。単純に、僕自身がこれらの農薬の臭いが嫌いだし、気分が悪くなるからです。使用する農薬はもっぱらBT、スピノサド、ボルドー(いずれも有機JAS許容農薬)。どんな場合でも農薬取締法を遵守しています。

    3.収穫タイミングと鮮度にこだわる

    品目、品種、季節によって違いますが、野菜の美味しい収穫適期はとても短いです。また、ほとんどの野菜は収穫したてがおいしいです。収穫後日数が経てばそれだけ美味しさは失われます。ぼくのつくっている野菜で言えばフレーズデボワフレーズデボワエストラゴン、プティポワ(2023年は栽培なし)など代表的です。これらはきちんと冷蔵していても収穫後3・4日が限度と考え、到着後3日をめどに使い切るようご案内しています。また、レストランむけ定期便の場合は週2回のお届けをお勧めしています。

    4.知識にこだわる

    最大のこだわりポイントです。上の1〜3の内容は突き詰めればすべて「知識」です。15年以上にわたる野菜つくりの経験や試行錯誤で得た知識、フランス語の農業書や園芸の本などを手あたり次第に読んで学んだ知識です。もちろん料理の知識も大切にしています。どんな調理によってどのような味わいの料理になるかを知らずに食材を作ることはできません。各取引先のシェフにどんな品目を使いたいか、野菜の出来はどうだったか、どんな料理にしたのか、食べ手の反応はどうだったかなどを聞き、「協同」して野菜をつくっています。

  • エスコフィエ『料理の手引き』翻訳者セルフインタビュー

    五島 学

    東京都立大学大学院博士課程単位取得。大学講師を経て2005年新規就農。2006年からヨーロッパ品種の野菜生産に取り組む。翻訳業・農業。著書『フランス語レシピで自宅フレンチ 1 料理フランス語文法読本』 Apple Books(電子書籍)。柴田書店「月刊 専門料理」連載「エスコフィエを読む」2011〜2014年(訳・注釈担当)。『エスコフィエの新解釈』旭屋出版(訳担当)。訳書 エスコフィエ『料理の手引き』Apple Books(電子書籍)。「月刊 専門料理」フランス語校正。コレージュキュリネール日本 Collège Culinaire du Japon 会員。

     

    エスコフィエ『料理の手引き』翻訳者である五島が自分自身にインタビューしました。

    — 自分で自分にインタビューするってのも奇妙ですね

    まぁ普通の感覚だとそうでしょうね。でも、対話形式(対話篇)というのは二人がいいたい放題に言葉を投げつけ合うんじゃなくて、聞き手と語り手の関係に落ち着いちゃうことも多いし、聞き手と語り手両方とも見かけを変えた筆者の分身でしかなかったりする。

    18世紀フランスの哲学者ディドロの『ラモーの甥』なんかそうですし、ギリシア哲学のプラトンの著作もそう読めるでしょう。あるいはブリヤ・サヴァラン『味覚の生理学』(美味礼賛)冒頭の対話なんか完全にそうですね。

    これらはフィクションのこともあるけど、今回は僕をインタビュー、文章構成してくれる人を探してないだけで、僕は素で話すというか文字にするから、インタビューアーのほうが虚構の存在ですね(笑)。

    — いきなり難しい話で煙に巻くのはやめましょう。自己紹介とフランス料理とのかかわりからお聞かせください

    いくつかの大学でフランス語の非常勤講師をしていたんですが2005年にやめて新規就農し、ヨーロッパ品種の野菜を中心に栽培しています。取引先はおもにフランス料理店ですがコロナの影響とエスコフィエに専念した結果、ほとんど取引先がなくなっちゃいまして、現在は再建中です(苦笑)。

    留学から帰ってきて教師になってからのことですがフランス料理店での食事にお呼ばれする機会があったんです。でどうにも強い違和感を覚えてしまった。コレジャナイ感がすごかったんです。貧乏学生だったから高級な料理なんて食べたことなかったんです。だからかなとも思ったんだけど……あのとき出てきたカブのクリームポタージュ。カブ、生クリーム、バターに違和感を覚えました。まずカブの味が違うんです。普通に日本のカブですからフランス料理らしくなるわけがないんですよ。乳製品もコクがないし香りが違う。それからですね、食べたいものは自分で作らないとと思ったのは。

    留学中は毎日学食、ちょっと贅沢して安いビストロ、レストランくらいでした。まだユーロじゃなくてフランの時代ですけど、前菜、メイン、デザート35フランとか。Menu à 35 francs なんて言い方でしたね。このmenuというのは「コース」の意味ですね。学食はパリに何箇所もあったけどほとんどシテ・ユニヴェルシテールの当時リニューアルして間もなかったのを利用してました。日替わりの他ステークフリットとか鶏のロースト(四分の一羽)も選べて13フランくらいだったかな。ちなみに当時1フラン=18か19円くらいでした。

    学食の日替わりでよく覚えているのはジゴダニョー、サーモンのダルヌのグリル、なぜか日曜はクスクスだったり。アンドゥイエットも日替わりにあったけどあれは口に合わなかった。いまでもアンドゥイエットは嫌いなんでたんに好みの問題だと思います。でも全体としては学食の食べ物がとても気に入ったと言うかすっかりなじんじゃいました。サイドディッシュにマヨネーズでリエしたセルリラーヴのサラダがあって、気に入ってよく食べてました。

    そんなだから、食に対してとりたてて強い関心があったわけでもないし、まさか関連した仕事をするようになるなんて夢にも思ってなかったですね。

    ともかく、フランスというかパリの学食メシになじんじゃったのが日本に帰ってきて日本の高級フランス料理ほぼ初体験。学食メシがいいとか正しいとかいうつもりはサラサラないですけどカブのポタージュで猛烈な違和感を感じたわけです。その後もそこそこ名の知れたフランス料理店での食事に招いてもらうことが何回かありましたが、うーん、これ以上はあんまり詳しくいうと差し障りでそうなんでやめときます(笑)。

    まぁ、舌が肥えてるわけじゃないから偉そうなことも言えないし、そんなつもりもないんです。ただ、自分の好みがいわゆる日本のフランス料理と違うだけみたいなんで、いいとも悪いともいうつもりはありません。ただ個人的にはインパクトのある出来事だったというだけです。

    話を戻すと、市民農園を借りてヨーロッパで美味しいと思った野菜の種を買って作り始めたわけです。おもにイギリスから輸入した野菜の種子を扱ってる業者などから買って栽培し、品種の違いはとてつもなく大きいなと実感しました。7年か8年大学の非常勤講師をやっていたわけですが、研究者として見込みがないのを自覚しまして。ほかにもいろいろ思うことがあって農業に転職したんです。

    — で、ヨーロッパ野菜の生産に取り組んだと

    はじめは有機栽培系の生産者グループに入れてもらって、レタスとキャベツをやってたんです。でもつまらないし、ストレスになることも多くてレストランむけの産直販売にシフトしました。

    フランス料理、イタリア料理のプロを相手にするわけですから、勉強のために「専門料理」を毎月読んだり、フランスのアマゾンからエスコフィエとかの料理書を買って読むようになったんです。プロの料理人さんならエスコフィエくらいはしっかり読んでるだろうからそれを見習おうと。いま思うととんでもない勘違いだったんですけど(笑)。

    — 新訳を作ろうと決心したのはどうして?

    ある料理人さんから訳してくれないかって言われたんです。野菜のところだけだったらいいよ、って返事したらどういうわけか雑誌連載することになっちゃいました。訳をやるのは僕ひとり。流されちゃいましたがあのとききっぱり断るべきだったと後悔しています(笑)。

    だからエスコフィエにたいする愛着とかこだわりみたいなのって感情的にはあんまりないんですよ。とてもシステマティックに構成された歴史に残る名著なのは確かだけど。それはいまもおなじ気持ちです。ただ、訳すっていっちゃったんでそのままずるずる雑誌連載やってました。3年半だっけか、よく続いたと思います。

    連載の前提として新たに全訳をつくるということになってました。だから出版社側が新訳は出さないと結論出した時点で連載もやめてチーム解散というかご破算になりました。僕がこの頃にうつを発症したのも大きな原因だったと思います。

    — その後何年も空いてしまったわけですね。どうしてまたエスコフィエの訳を再開したんですか?

    病気もよくなってきて、いちど訳すと公言しちゃったからにはちゃんとやろうかなと思ったんです。その頃にある編集プロダクションからコンタクトがあって、エスコフィエの新訳をぜひやりましょうってオファーを受けました。それは確かにきっかけになりましたね。結局のところ「頼まれて」という点に違いはないんです。ただまぁ、まったく別の組織、人間から合計2回依頼されてやったのに、最終的にはバックレられちゃった格好です

    それはともかく、再始動にあたってフェイスブックにグループを立ち上げて協力者を募りました。熱意のある料理人さんが5人集まってくれまして、下訳の一部や校正を分担してもらいました。

    — 共訳じゃなく個人訳になっているのは?

    プロジェクトメンバーでの話し合いの結果です。僕が責任とリスクを一手に引き受けることになっちゃった気もするけど(笑)。

    — 2022年11月に電子書籍をリリースしました。紙媒体は?

    そもそもこのプロジェクトを再開する時点で、僕はEPUBとPDFの組版とファイル作成まではやるけどその先はやらないと公言してたんです。EPUBつまり電子書籍の方はほぼノーコストでリリースできるんでそれはやることにしました。紙媒体については以前にオファーをくれた編集プロダクションに連絡したんですがいい返事をもらえなかったんです。プロジェクトメンバーで相談していったん白紙になりました。

    — 電子書籍は馴染みがないというかピンとこない、本といえば紙がいいという方も多いでしょう。

    個人的にはもう10年以上紙の本を買ってないんですよ。だから紙の本という形態にこだわる気持ちがわからないです。書籍の本質はそこに書かれた内容、つまり情報そのものなんでiPadでいいじゃん、と。検索機能とか「調べる」とかリンク機能とかメモとか、いろいろ便利ですし。紙の本は重いし、使ってるとすぐボロくなるし、かさばって邪魔じゃないですか。

    とはいえ紙の本を拒否することも否定することもしません。僕自身が紙媒体にこだわってない、積極的になれないというだけです。

    組版の微調整は必要ですが印刷用のPDFは出せます。あとは紙に固定するわけだからしっかり校正をやる必要がありますね。アップルブックスの電子書籍は購入後もバージョンアップされる、つまり後から修正が効くからいいんですが、紙媒体を出すならそのタイミングでもう1回校正すべきでしょうね。

    ただ、現状どこからもオファーがないんで、プロジェクトメンバーにまかせるって言っています。

    だから僕としては「紙媒体は現状未定」としか言えないです。

    — 紙媒体についてはすでに2社が否定的な反応だったわけですね。どうしてでしょう?

    それこそ僕が聞きたいです。きちんとした理由を言ってくれなかったんですよ。僕が著者買取はできないって最初に言ったからですかね。

    そもそも出版社側が大量のクリティカルな誤訳をそのままで販売を続けて50年以上経っちゃいました。普通の読者は誤訳かそうじゃないかなんて見分け付きません。ただ、あの本は読んでもわからないから、と放置する。もうエスコフィエへの関心なんて風化しちゃってますよ。新訳をほしいなんて思わない。メルカリで古本を買ってちょろっと目を通したら飾っておく、そこに疑問の余地はない、ってことかも。

    そういう意味では、あの「旧訳」ってのはなんて罪作りなものだったんだろうと思います。『料理の手引き』という最高の教科書を普及させるどころか、結果は真逆。関心すら風化させちゃう原因になったわけですから。

    すごく乱暴な言い方をすると、おそらく半世紀以上、日本のフランス料理はエスコフィエ『料理の手引き』の深い理解なんかなくても発展、栄華をきわめたわけです。一般的なイメージとして「高級レストラン」というとまずフランス料理を連想する。成功した。それが可能だったのはヌーヴェルキュイジーヌ以前だとまだエスコフィエの孫弟子、ひ孫弟子にあたる料理人さんが現場で活躍していた。たとえ『料理の手引き』の原書を熟読してなくても修行中に身体で覚えたことで充分仕事は成り立っていた、という話を聞いたことがあります。

    十数年前にブダンノワールとかアンドゥイエットが日本でちょっと流行りました。ブームのからくりみたいなのは知りませんが、エスコフィエは関係ないムーヴですよね。ところがブダンノワールもブダンブランもアンドゥイエットも『料理の手引き』にちゃんと収録されてるんですよ。アンドゥイエットは既製品を使うことになってますけど。

    その昔、80年代後半から90年代前半にかけてアンドゥイエットとかブダンノワールはフランスで食べないほうがいいとフランス語、フランス文学関係の日本人女子学生の間で有名だったのをよく覚えています。ポイントは短期留学とか旅行に関連した話題だったこと。日本のレストランでどうこうというのではなかった。そのくらい日本では知られてなかったものなんです。『料理の手引き』に載ってるのにね。

    大昔の日本の料理は一子相伝とか口伝で部外秘のことも多いのに対し、ヨーロッパとくにフランスは料理書というかたちでレシピが公開されてきた、みたく対比で語られることが多いですね。こういうステレオタイプを持ち出すまでもなく、日本では現場修行がとかく重視されてるみたいですしね。厨房で身体で覚えたことだけが正しい、って。「この本にはこういう事が書いてあって……」みたいなことを話したら「そういうの、自分は読まないんで」とキレ気味に返してきた料理人さんは何人かいましたね。よっぽど本が嫌いなんでしょうね。ましてや料理書のバイブルとされるエスコフィエ『料理の手引き』なんて、と(笑)。

    — 『料理の手引き』不要説ですか?

    まさかそんなことないと思いたいけど、客観的に現状を見たらそうなのかなぁ……

    僕みたいな料理の素人は「プロだったら読みこなしていて当たりまえ」と思ってたけど、とんでもない勘違いだったのも事実だし。

    『料理の手引き』は小さな個人経営の店から大規模なホテルの厨房までを対象に、フランス料理だけじゃなくイギリス料理、イタリア料理、ロシア料理などを包括的に扱っているインターナショナルなガストロノミーの教科書なんです。しかも大量の知識、情報をシステマティックに圧縮している。きわめて汎用的です。これって場合によってはオーバースペックなのかもしれません。

    オーバースペックって嫌われやすいというか受け入れられにくいんですよね。ビデオテープのVHSとベータの規格競争、WindowsとMacintoshの争いとかスペックの高いほうがむしろ負ける傾向にある。

    それでも「料理の手引き」は名著ですし、料理書の金字塔です。モンタニェのラルース・ガストロノミックはむしろ『料理の手引き』の補完的な事典だし、アリバブは偏りがある。ペラブラはブルジョワ料理色が強すぎる。あと思いつくのはきれいな写真満載の豪華本か職業リセの教科書くらいでしょうか。どれか1冊といったらやっぱりエスコフィエってなっちゃうんじゃないでしょうかね、いまだに。

    — そこでようやく、充実した注を付けた訳本が出た。

    フランスのホテル学校、職業リセでつかわれている教科書にはエスコフィエででてくる食材、料理の一部をていねいなプロセス写真付きで懇切丁寧に説明してるものがあります。それもかなり体系的に構成されてるからすごいです。つまり基礎として学ぶべきことをしっかり抑えているわけです。いっぽうで、これは僕の友人である料理人が言ってたんですけど、日本ではエスコフィエをすごいすごいと口先でいうけど表面的なことばかりにとどまってるらしい。僕は料理界のことをよく知りませんが、もしそうだとしたら残念なことです。

    でも、エスコフィエ「料理の手引き』は西洋料理についていうなら知識とアイデアの宝庫ですよね。そこに異論はないと思います。だったら口先ですごいというだけじゃなく、無条件にエスコフィエという歴史上の偉人を崇拝するだけじゃなく、きっちり読み込んで活用しないテはないと思います。

    レシピに書いてあることをそのままなぞって作るだけじゃなくて、その料理の本質を理解して自分のやりたいようにやるためのヒントにする。知識にしばられるんじゃなくて、好き勝手にやるために知識を利用してやる、くらいの気持ちで読みこなし、使いこなしてほしいですね。

    そういう意味でも「日本におけるエスコフィエ『料理の手引き』受容がここから始まる」のを期待したいです。(© 2023 Manabu GOTO)

     

    あわせてお読みください

    電子書籍 エスコフィエ『料理の手引き』五島学訳

     

    間違いだらけを半世紀以上放置するって……

     

    五島訳エスコフィエ『料理の手引き』のすごいところ……(1) 訳注がすごい

     

    五島訳エスコフィエ『料理の手引き』のすごいところ……(2) リンクがすごい